2月22日
(妻の説明)
早朝になっても夫が帰ってこない。私も朝から仕事がある。
幼稚園児の息子たちを置いて、仕事場に行くことはできない。
いつものように酔っぱらっているのだろう。
LINEでメッセージや通話で数回試したが、まったく出ない。
どうしようかとイライラしていると、八時過ぎに電話が鳴った。
電話に出ると、救急隊員からだった。
そういえば、旦那は入社した頃に、同僚と飲み過ぎて病院に運ばれたことがある。
またやらかしたのか。
電話で聞いた場所は、この家からずいぶん遠い。
本当に腹立たしいが、仕方がない。
息子たちを含めて、移動準備を始めた。
すると、また電話が鳴った。今度は、男性の医師からだった。
「緊急手術です! 頭にこんなに血が溜まった人、見たことありません。助かるかどうか分かりませんが、今すぐ手術が必要です。同意をお願いします!」
緊迫感のある声だった。
酔っぱらって転んだ程度じゃないのか。
夫に何が起きたのか、全然分からない。
息子たちを連れて、タクシーで病院に向かった。
(母の手記)
八時二〇分、良太の妻からの電話が鳴った。
「良太くんが緊急で手術することになったみたいです」
夫と二人、急遽新幹線で移動した。
一三時半頃、病院に到着。
九時頃から始まった手術が、つい先ほど終了し、一四時から主治医の説明を聞くこととなった。
救急車で運ばれた時には、ほとんど死に掛かっていた。
緊急手術として『①開頭硬膜外血種除去術』が行われた。
現在は脳が腫れているため、数週間頭蓋骨の一部を外しておく。
容体は依然として危険な状態。
意識レベル(JCS)という数値では400。
この数値は、意識レベルの中で最も低く、例えば人から強くつねられるような刺激を受けても、一切反応しない状態。
(妻の説明)
主治医から説明を聞いた。
頭蓋骨を開くと、血が大量に飛び出たそうだ。
主治医は「これまで見たこともない」と興奮していた。
術中、心臓の鼓動が何度か止まったというようなことも言っていた。
私と息子たち、夫の両親は、ICUに通してもらった。
今は心臓が動いているが、脳の損傷が酷いため、身体中に影響が残るだろうとのことだった。
まだ症状が安定したわけではなく、急変すれば心臓マッサージなどを行うことになる。
医師からは、常に連絡が取れるようと言われた。
夫の顔には傷もなく、綺麗。
でも、酸素マスクが着けられているし、手術された部分は髪の毛がカットされていて、いつも通りという顔ではない。
医師からは、このまま息を吹き返さない可能性もあると言われた。
つまり、これが最期かもしれない。
幼稚園児の息子たちにはショックが大きすぎるだろうから、髪の状態を見えないよう、キャップを着けてもらった。
(父の手記)
入院2日目 2月23日
福岡に住んでいる良太の弟(次男)と妹(長女)が、大阪のこの病院に来ることになった。
次男は家族五人で、前日夜から自家用車で向かっていると聞いた。
七時半頃、大阪へ到着。
長女は新幹線で移動した。
予定通り、十一時から主治医の説明を受けた。
主治医によると、前日と比べて、良いところと悪いところとあり、足し引き分からず低空飛行。
生死レベルは変わらず一割程度。容体が安定していれば、十日程度で、気管切開を行うそうだ。
一ヶ月後は、頭蓋骨を入れる予定。
長女は乳飲み子が福岡で待っている。
入院3日目 2月24日
一体、何が起きたのか。病院では分からない。
119番はネットカフェの店員からだった。
誰か加害者がいたのかもしれない。
良太のスマートフォンには、居場所の履歴が残っている。
面会後、良太が移動していた経路を調査し、その情報を警察に提出した。
警察も、こういった位置情報があれば監視カメラなどで調べることができるということで受け取ってくれた。
帰宅中、警察から連絡があった。
ネットカフェの防犯カメラでは、見たところ普通に歩いていたということだった。
良太が持っていた一眼レフカメラとスマートフォンを調べるということで、警察にそれらを預けた。
入院4日目 2月25日
警察より一時報告を聴いた。
ネットカフェの防犯カメラでは、何度かトイレに移動。
廊下で複数回、よろけて転倒。最後は直立不動状態で、床に後頭部をぶつけた。
ただ、問題は良太がその後すぐに立ち上がり、最終的にそのままトイレから帰ってこなかったということ。
病院では、主治医からの経過報告が行われる。
そこで、警察も同行することになった。
主治医によると、生命の危機は、依然予断を許さない状況。
ただ、これまでのICU個室ではなく、一般病棟の個室に移動することになった。
入院5日目 2月26日
鼻から流動食を入れ始めた。
自発呼吸が可能となり、人工呼吸器は補助的に置かれている。
看護師によると、13時から17時まで鎮静剤を止めているため、意識を取り戻しやすいこの時間帯に声を掛けるようにとのことだった。
手足のリハビリを開始。
身体を何度も強く揺さ振り続けると、時折瞼がピクリと動く。
会社の上司・人事が来てくれた。
良太の病状と、警察に協力を依頼していることを伝えた。
入院8日目 2月29日
眼球が動く頻度が多くなっている気がする。
スマートフォンで音楽を聞かせると、瞳がうっすら開き、スマートフォンの画面を見ているように感じる。
頭の腫れは、日を追うごとに小さくなっている。
私は会社を一週間休んでいるので、一旦福岡に戻る。
(妻の説明)
入院10日目 3月2日
院内で、ケアマネジャーと会った。
現在のこの病院での急性期は、二ヶ月間までとなる予定だそうだが、その後の検討を依頼された。
一つは、“介護病院”に入院すること。
その場合、リハビリテーションはなく、ベッドや車椅子で日々を送ることになる。
もう一つは、専門的なリハビリテーションを行う“回復期病院”に入院すること。
回復期病院の入院期間は、四ヶ月間程度となるそうだ。
私は回復期病院を依頼した。
主治医より、今朝撮った脳のCTについての説明があった。
新たな出血はなく、血小板などの数値は回復してきている。
薬の影響で肝臓や胆のうの数値は悪くなっているが、数ヶ月かけてじわじわ回復していくことを期待するとのことだった。
入院11日目 3月3日
予定されていた『②気管切開』の手術が行われた。術後、眼がしっかり開いていて、何かを見ているようだ。
主治医は良い兆候だと言った。
時々手を振ってくれることもあるが、呼び掛けにはまだ応えてくれない。
スマートフォンで動画を撮り、良太の両親に送った。
入院12日目 3月4日
自発呼吸を促すため、日中は人工呼吸器を外して訓練することになった。
口腔ケアもしてもらった。
嚥下も少しできるようになった。
良太は自分の腕を何度か引き寄せて動かしていた。
スマートフォンにイヤフォンを着けて、好きだった『ASIAN KUNG-FU GENERATION』や『YUKI』の曲を流すと、目を大きく開いていた。
入院14日目 3月6日
人工呼吸器を24時間外すことになった。
脇をくすぐると心拍数が上がり、左腕がゆっくり上がった。
入院15日目 3月7日
声を掛けると、ニコッと笑ったように感じた。
こちらの話が理解できているのかもしれない。
私の問い掛けに、左腕が二回持ち上がった。
(父の手記)
入院17日目 3月9日
時々、喉の医療器具に手を持っていくことがある。
危険なので、夜は『ミトン』をいう介護用の手袋を付けることになった。
指先の運動のため、柔らかいボールを二つ買い、病室に持って行った。
病室に入ると、良太はニヤッと笑った。布団を掴むようなしぐさをする。
主治医によると、新たな出血もなく、むくみも取れてきていて、良い傾向だと言った。
ただ、脳が今後どれくらい回復するのかは、まだ分からないということだった。
会社の役員・人事・上司が病院に訪問。
良太の勤務について、手際よい働きぶりで、上司同僚部下からの信頼が厚かったと伺った。
私は、良太の今後の回復状況がどうなるのか、まだ不透明だが、籍を残してほしいと依頼した。
入院19日目 3月11日
右手で母の手をしっかり握る。
声を掛けるとニヤッと笑った。
ただ、医師によると右側の感覚は左側より悪いということだった。
左腕は自力で顔まで持ち上げられるようになり、柔らかいボールも少し握れるようになってきた。
世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルス感染症をパンデミック(世界的な大流行)だと宣言した。
入院20日目 3月12日
福岡・東京に住んでいる私の兄夫婦たちが、お見舞いに来てくれることになった。
新型コロナの影響で、面会は順番に交代となる。
病院にいる間、原則面会禁止だという通達文書が配布された。面会禁止は3月16日から。
入院21日目 3月13日
良太が倒れたネットカフェに行く。
良太のスマートフォンに記録されている道筋を辿り、ネットカフェまで歩く。
ネットカフェの店員に事情を伝え、倒れた場所を確認させてもらった。
その後、病院へ行くと、面会禁止が早まり、本日13日からと聞く。
16時まで許可してもらうよう依頼した。
病室へ行くと、良太が居なかった。
慌てて看護師に聞くと、シャワー浴をしているそうだ。
おそらく初めてのシャワー浴。
ベッドに戻ると、自力で頭を持ち上げた。
(妻の説明)
入院24日目 3月16日
面談は禁止だが、手術は待合室で待つことになる。
左手を鼻や口に持っていき、舌の皮を剥ぐなど新しい挙動があった。
右目でウィンクのようなこともしていた。
予定通り、頭蓋骨を形成する『③骨形成術』が行われた。
術後、私が病室に行くと、麻酔から目が覚めていた。
目をしっかり見開いている。
~その約1週間後~
入院32日目 3月24日
数日前から発熱があったそうだ。
検査したところ、先週の骨形成術による骨弁感染・創部感染が判明。
緊急手術として『④開頭骨弁除去術』が行われた。
頭蓋形成術中に感染が起こったため、抗生物質を使い、長期的に治療を行う必要がある。
感染した頭蓋骨は戻せない。半年後に、人工の頭蓋骨を入れることになる。
手術前に面会すると、意識はハッキリしているように見える。
声を出せないが、何かを言おうとしているようだった。
現在からの振り返り
良太です。
今日はいよいよ、どんな状態になっているのかっていう種明かしでした。
この時の私は、これが現実だと思えていませんでした。
動画編集してて、一番思ったのは、お見舞いに来てくれたみんなへの感謝です。
お見舞いだけじゃなくて、妻のお兄さんや友達も大阪の私の家に来て、妻のメンタルを確認してくれたそうです。
私は本当に申し訳ない状態でしたが、本当にありがたいと思っています。
ありがとうございます!
一つだけ。
今回の動画の14分くらいのところにある、私の父が右目を閉じてウインクしてたって思ったやつですけど、それは今の私なら推測できます。
あれは、左目の見えなさが不思議すぎて、なにが起きてるのか確かめようとしたんだと思います。
でも、いやぁ、生きてて、良かったー!