渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -365ページ目

二束の草鞋(わらじ)

履(は)くことは可能。重ねられるよう自分で作り直せば良い。


いずれにしろ、他の人間は足を通すさないのだから。

その日の逡巡(しゅんじゅん)

他人を変えるのは難しい。むしろもうそれこそが、おこがましい。


万が一、絶対に自分の方が正しいとしても、相手のあることだ。聞く耳が付いていないとも限らない。

いやほとんどの場合、オーバーフローで聞き流されるか、逆に何らかの被害をこちらに与えるだろう。


それでも伝えなければいけないこともある。まして、感情のはけ口として相手を利用してはいけない。


必要であれば結局は、自分から変えたいという根源に触れさせなければ。

発見、そして経験。

ある程度の技術があるのなら、もうそれ以上はどんな演技が素晴らしいのか誰にも判らない。
個人的には、どんな作品に出演しても、常にタレントその人自身であることを求められるのが一番大変だと思っているが。


ところで技術と言っても、同業者へさえ正確に伝えるのは簡単ではない。


たとえば発声方法一つとってみても、現在は自分がキックボクシングのジムで試している古武術のスタンスと同じような、体軸の使い方をしている。


それはたまたま立ち読みした、アナウンサー向けのヴォイストレーニング本の中で自分の弱点を発見したのが遠因(えんいん)。
試行錯誤してお互いの共通点を見つけた。管楽器のように、身体を空洞にするのはとても勇気がいるし、その為のトレーニングも大切だ。