渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -328ページ目

誕生日

のお祝いをいただき、本当に有難うございます。パーティーのような洒落(しゃれ)たことはせず、地元で串焼きを食べました。

来年も、なにか少しでも手応(てごた)えのある一年でありますように。

いったい何が?

演じていて、スタッフや観客を味方につけたと確信したときの反応は役者によって異なる。
もっと引きだそうと欲が出るのは変わらないが、違うのはその行動だ。

観客との交流はシーンを生き生きとさせる。が、無意識にそれに乗ると、役やシーンとは無関係なことを始める。
別の役者はそのアイドリングを利用し、舞台上をさらに満たす。

いったい、何が違うのだろうか。

日常ではこういう例もある。尊敬されるべき上司、先輩は部下から慕(した)われる。ある人はそうした部下の礼に却(かえ)って尊敬の念を抱く。
またある人は、自分にはそれだけの価値があると感じ、つけあがる。

何が違うのだろうか。

無意識に溺れる者。勇気をもって無意識に飛び込む者。

いったい、何が。

癖(くせ)と個性

癖(くせ)と個性の違いはなんだろう? ユニークなら個性と言った方が、何だかポジティブな気がして救われる。

俳優の癖を炙(あぶ)り出すのは難しい。それが俺だ、と言われれば何も返せない。プロデュース公演ではキリがないので、通常はアンタッチャブルだ。

ただしそれでは、演じ分けに支障が出る。何をやっても同じになる。さらに悪いことには、シーンの質に関係なく、ストーリーに関係なく存在できている気がしてしまう。そしてそれを存在感と嘯(うそぶ)く人もいる。

人間は多く出会う人に好感を持つという。であれば確かに、毎日バラエティに出ているとか、同じキャラを続けることがその一助(いちじょ)になるかもしれない。