渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -276ページ目

ひとり1品は持ち寄ること。

先日、劇団”てにどう”の共演者で花見があった。自分は諸事情(宿酔)により参加できなかったが、発案者がいると、こうもイベントが増えるのか、と、感心した。
そして、それには1つだけ参加条件があった。

『最低、ひとり1品は持ち寄ること』

酒でも肴(さかな)でも構わなかった。なかには手作りのチャーハンを持参したメンバーもいたらしい。
後日、あちこちのブログをまわると、楽しそうな写真が並んでいた。


閑話休題(かんわきゅうだい)。

これらは舞台公演とよく似ている。各々(おのおの)が義務を果たしそれぞれ1品を用意してくる。
品種や味付けはとくに決めごと【演出】もなかったが、日中の花見という企画【戯曲】を鑑(かんが)みれば、おのずと選択肢は狭(せば)まるだろう。

もしぼくがそこに醤油(しょうゆ)を持ち込むとする。そしてこれも1品だと、声高に宣言する。

朝から場所取りや買い出しに駆けずり回っていた幹事も含め、怪訝(けげん)な表情など見せたこともない女優陣も、一様に同じ顔をした。

ぼくはこれがどんなに世界でも評判が高くまた広く認められているか、作るのがどんなに大変か、また過去、歴史、貴重性について解説する。偽物が広く出回っていることも忘れずに付け加える。

でも、でも。

だれもそれを1品だと認めようとしない。ぼくがアイスにかければ甘みにも変わる、と言い終わらないうちに座らされた。

シートには御馳走(ごちそう)が並べられていた。ぼくはコロッケを取り、醤油をいただいた。みなにも勧めたが、もちろんそれぞれに好みがあり、そもそももう味付けは済んでいた。

持参した醤油は、自分の口に入るばかり。

ぼくは気づいた。みんなが待っていたのは、ほかのモノだったのではないか。たとえば醤油ベースであるなにか。

見回すと、持ち寄った品々を目当てにした、チケットを持ったあとからの参加者たちがこちらを眺めていた。

変化球投手

多彩な変化球で、相手に的を絞らせない投手は存在する。

しかしつまるところ、ストレートが投げられないのなら、寿命は短い。

主観の大海原(おおうなばら)

少し大きな書店に入ると、多くの演劇書が並べられている。少しでも演技術の体系を理解していれば迷うことは少ないだろうが、最初は評判かあるいは手当たり次第に立ち読むしかないだろう。

うちにはその中でも主(おも)だったモノが本棚に蓄(たくわ)えてある。そして舞台の本番が近づくと、ふと手にとって読み返す自分がいる。


基本は無数にあって、その中で自分の使えるモノが数百あるのだとしたら、ラインを引いておきながら何ヶ所か見落としているところがある。


うまく行かないことはたいてい、過去の自分が知っていることだ。


これは演技がほかの作業と違い、主観の大海原に飛び込まなくてはならないから。つい没頭してのめり込んでいくのとはまったく異なる、ぼくたちの特別で神聖な作業だ。