渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -250ページ目

エンドロール

ほとんどの映像作品には最後、スタッフや俳優の名前が紹介される。この順番というのはマネージャーもたいへんに気を使っていてくれて、じつは本人よりも命がけでシビアだったりする。

かくいうぼくも、そのへんはわりと無頓着(むとんちゃく)なのだが、ひとつだけ、名前の漢字が間違っていたときには完全に冷める。
どんなに良い役であろうとも、執着(しゅうちゃく)や愛情は信じられないくらいに霧消(むしょう)する。

女性が彼を見限るときの残酷さってこんな気持ちなのかなぁ、って思ったり。

対価(たいか)を得る権利

観客は対価を得たい。チケット代、電車での往復を含む貴重な時間、だれかを連れてきた責任。これによって優先順位を下げた案件。。。

それらを無駄にするリスクをもっとも避(さ)けたい。


たいていは目に見えるモノを探す。TV・CMで見た有名人が出ている。広告がいたるところにある。。。

自分が参加した作品がそうでないときは、それらを超越した理由が必要だ。知り合いだからというだけでなく。


万が一、面白くない場合、みんなが知っていれば悪態だけでもつける。それすらももぎ取っているケース、その責任は過大(かだい)だ。

ふたつの武器

去年あたりから、どうも酒が弱くなった。

以前は自分だけが素面(しらふ)で、追いつこうとして急に回ったり、はじめのビールを飲まないようにしたり、数人が承諾すれば何かのボトルを頼むようにしたり。。。

いまではビールでいい気持ち。経済的。悪酔いも減った。いいこともそうでないこともたくさんあったけれど。

脚本を読み込むときには、ほかの誰よりも読解(どっかい)していると思うくらい頭を使う。けれど、酔ってどうしようもないときがあると、ああ俺しょうもねぇなって。

理性と本能が、じぶんの武器だから片方だけだと面白くならない。


それでも缶ビールで酔いが回ると、安心する。