渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -247ページ目

アフレコ

アフレコというのは非常に有効な手段だ。

もし工事中現場のすぐ傍(そば)で撮影が行われる場合、たとえば毎回ブルドーザーをストップさせるのは現実的とは言えない。

そうでなくとも救急車、飛行機、主婦の話し声、国道の近く。。。問題は山積(さんせき)している。

こちらとしてもリスクを負いながら演じているのを不可抗力でNGにされるのはとてもタフなことだし、状況によっては撮れないこともある。そのためのロケハンでもあるのだが、こちらでその工期を知る由(よし)は無論ない。

そこで、あとから必要な音だけを載(の)せることになる。台詞はもちろん、些細(ささい)な物音こそ、その作品の質や臨場感(りんじょうかん)を高める。


が、これがくせ者で、全部を再現しようとしたらまずキリがない。


それでも、まるでCDとレコードの違いを確かめるように、こちらが気にしないところまで再現してくる監督もいて感動する。逆に音が足らず冷めてしまう作品もある。

映画は基本的に映像と音声で構成されている。その半分を気にしなくていいのだから、いっけん便利なようだが、じつはそれでも膨大な手間暇(てまひま)がかかっているのだ。

宣材編集

最近の映像出演作を編集して宣材(せんざい)作り。以前からの素材と組み合わせる。


始めたころは製作会社にPCやDVDプレイヤーがなく、わざわざビデオに落として営業してもらっていた。


著作権の関係もあり不特定多数には公開できないが、こういうものはネット上からどこからでも用意できるといい。

こどもの生命線

むかし、家には3-40冊ほどの図鑑がそろっていて、子供のころは友達と遊ぶよりも新しい情報を得ることに夢中だった。世界中の動植物、宇宙のしくみ、恐竜の趨勢(すうせい)、科学、昆虫。。。

一緒に遊びたい友達がちょっかいを出してきて、よくケンカをした。そとへ遊びにいかないのを心配して、親から締(し)め出された。それでも懲(こ)りずにページをめくっていた。


こどもには適正がある。と同時に、親に喜んでもらうために生きている。だから、なんだか本を読むことにずっと罪悪感(ざいあくかん)を感じていた。


今、そのときの自分に会えたら、好きなことがあることは素晴らしいこと、それで劣等感(れっとうかん)をいだく必要はないと言ってあげたい。むしろそれらに出合えること自体、奇跡だと伝えたい。

エレクトーンを習っていたがそれが音楽とは知らず、ただ音符にシールを貼ることを一生懸命にやっていたが続かなかった。

まずは、こどもから興味を引き出すことが生命線だと思う。