渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -22ページ目

周囲にいてくれるひとで判断される。

俳優を生業(なりわい)としていくのに、たいていは最小単位の組み合わせとして、事務所とコンビを組んで活動していく。

”コンビ”としているのは、たとえばなかには俳優が売れていないときには事務所が上、売れたら立場が逆転する、という考えがあるのかも知れないが、結局は補完関係を築き続ける必要があるからだ。

これは単位でいえば僕たちとスタッフ、作品というように大きく捉えることもできる。


しかしなんでもそうだが、永らく関係を続けていると、いろいろな想いが出てくる。

じぶん以外のせいにしたいときもあるだろう。


だが、プライベートでいえば奥さんや彼女の悪口を言うようなもの。

その程度のパートナーとしか組めない、ということをみずから喧伝(けんでん)しているようなものだ。


左手が右手に文句を言っても仕方がない。

その関係に、最大限務めること。


それでも不満があるなら、粛々とその場を立ち去るしか無い。

出会うべきひとは、たくさんいる。

それでそうなってくると、じぶんの損得だけで他人を操作しようとしているひとが透けて見えてくる。


ただそういった相手は、こうして1周してきたわけじゃないので、本当にその違いが解らなかったりするからやっかいだ。


ぼくは、相手を治すことはしない。


それはとても傲慢(ごうまん)なこと。

ある程度コミュニケーションを取って、変わらないことが判ったら、その場から立ち去るだけ。


出会うべきひとは、たくさんいる。

見て見て! 演技

演技でもそうなんだけど、じぶんひとりで「見て見て!」ってやってると、バリエーションが有限でわりとすぐに飽きちゃうんだよね。

あとで作品を観ても、やっぱり面白くないし。


結局だれかとセッションして、想定外のモノゴトが起きるのほどエキサイティングなことはない。

不可能なことがどんどん無くなっていく。


今まで偽善的に思えていたことが、じつは本当に心の奥底から求めていることなんだって、信じるじぶんも生まれてくる。


そもそも他人から言われた知識だけでは、解ったつもりになっていてもじつは納得出来ないことなんかいっぱいあるから。