渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -215ページ目

表裏一体

けっして大きいとはいえない業界のなかで、日本の俳優のほとんどはCMやバラエティの現場があって助かっている。


しかし、それらは同時に表裏一体(ひょうりいったい)の危険をはらんでいる。


たとえば、いくら俳優が時間をかけ本来の繊細な役づくりをしていても、どうだろう。

普段のざっくりとしたイメージが先行していては、観客は注意深く妄想することを初めから放棄(ほうき)してしまうのではないか。

そして俳優も、観客にそれらを求めなくなってしまってはいないか。

再現ドラマ

ひさしぶりにバラエティの再現ドラマを観ていた。

数年前はもっと、いわゆる再現俳優と呼ばれるような、ナンセンスが気になったものだが。。。

演出はそれほど変えられないものの、たぶんTVドラマに出演している俳優と遜色(そんしょく)ないひとたちがつぎつぎと出ている。

うまいひとたちがやると結構、観れるのね。。。
当日の朝、セリフが配られることも多いだろうに。

書類選考だけの、キャラ頼みの、といった行き当たりばったりな雰囲気が薄れていた。

つかこうへいさん

25歳のときに参加した、そう俳優座試験の前後、北区つかこうへい劇団5夜連続のワークショップ。

両国にある劇場『シアターΧ(カイ)』の客席いっぱいにぼくたちは座り、翌日は半分になるという作業を夜(よ)ごと繰り返し、最終日に男女ひとりずつ残った。ぼくはそのひとりだった。



一時期つかこうへい作品にはまっていたぼくは名作『蒲田行進曲』の続編にあたる舞台『銀ちゃんが逝(ゆ)く』を観に行っていた。

それは真面目な俳優にはホントありえない世界で、セットは無いは、邦楽が流れるは、マイク持って歌うわ、対峙(たいじ)している連中が顔だけ正面向いて怒鳴るわ、演技の先生が観たら卒倒(そっとう)しそうな舞台だった。


正直、馬鹿だなぁこいつら、やってられねぇや、と思った。


しかし、そうこうしているうちに涙が止めどもなく溢(あふ)れ、のちになんどか一緒に舞台に立つことになる劇団『TIMELIMITS(タイムリミッツ)』の主宰(しゅさい)と、駅のホームまで泣きながら歩いていったことが今でも忘れられない。


きれいなのは多いが、あんなに感情が揺さぶられたのは後にも先にもあの舞台だけだ。


後日、連絡をいただいたのに映像志望のため新劇に進んだが、それすら正しい判断だったのか今でも判らない。


じぶんのなかの、リアル・ナチュラルを疑う根幹(こんかん)がここに眠っている。


ぼくのことはもう憶(おぼ)えていないだろうが、ありがとうございました。