作品の温度
今に始まったことでもないが、いつも不思議に思っていた。
おおくの脚本が、初稿は素晴らしいのに、書き直すたびどんどんひどくなっていくのだ。
これは予算を司(つかさど)るプロデューサーから、ロケ地や小道具の許可がおりなかったのかな、と考えたものだったが、どうもそれだけではないらしい。
ぼくも趣味で画(え)を描いたり、脚本を書いたりした。
そのどちらも、インスピレーションが湧けばなにかにとりつかれたように手が動いた。
しばらく放置していると、手を加えたい部分が見えてくる。作品にはそうした時間がいる。
だが、そのすべてを直せばいいというものでもない。
修正は、バランスを正しくする。
だが、それがなんになる?
正解を求めているのか。
何のための正解を?
じぶんの身体から離れたにもかかわらず、その熱を持ち続ける作品があるのなら、なにも進んで冷まし固めてやる必要はない。
おおくの脚本が、初稿は素晴らしいのに、書き直すたびどんどんひどくなっていくのだ。
これは予算を司(つかさど)るプロデューサーから、ロケ地や小道具の許可がおりなかったのかな、と考えたものだったが、どうもそれだけではないらしい。
ぼくも趣味で画(え)を描いたり、脚本を書いたりした。
そのどちらも、インスピレーションが湧けばなにかにとりつかれたように手が動いた。
しばらく放置していると、手を加えたい部分が見えてくる。作品にはそうした時間がいる。
だが、そのすべてを直せばいいというものでもない。
修正は、バランスを正しくする。
だが、それがなんになる?
正解を求めているのか。
何のための正解を?
じぶんの身体から離れたにもかかわらず、その熱を持ち続ける作品があるのなら、なにも進んで冷まし固めてやる必要はない。
舞台と映像との違い。
たまに舞台と映像との演技の違いは何ですか? と聞かれることがある。
ぼくは、ほとんどない、と思う。
いや、厳密に言えばないことはないのだが。
それよりもキャパ50人と1000人の舞台のほうが、演じかたが変わってくる感覚がある。
ぼくは、ほとんどない、と思う。
いや、厳密に言えばないことはないのだが。
それよりもキャパ50人と1000人の舞台のほうが、演じかたが変わってくる感覚がある。