渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -187ページ目

すし屋と100円ショップ

最寄駅の一つでもあるここの近くの回転すし屋は、その昔、安かろう悪かろうで客足が遠のいていたが、最近では立て直しに成功したのか入り口まで客が溢(あふ)れていた。

とくに回転しているものばかりを取らなければいけないわけではなく、また1匹のまま俎板(まないた)に寝かせたカンパチをみやげに注文を取りにきたりして、なかなか興味深い。


食事も終わり、相手がトイレに行ったりしてだれもいないうちに支払いおうとレジへ。席で済ませるような雰囲気ではなかったのだ。

と、店員が駆けよって荷物を渡してくる。テーブルを見やると、すでにすべて片づけられていて呆(あき)れるしかなかった。



今朝は駅へ向かう途中、通りがかりの100円ショップで汗拭(ふ)きタオルを購入。店員の、

「袋はお使いになりますかぁ?」

まさかこれくらいで用意させないよね? というセンスのかけらもない語尾の上がったセリフを聞いて、昨夜の回転すし屋を思い出したのだ。

女のロマン

作家とか監督とか、意外とロマンチックで驚くことがすくなくない。どうみてもおじさんの風貌(ふうぼう)なのに、ラブストーリーやサスペンスなんかを嬉々として話すのだ。

ただ男性側からの視点なので、ぼくと同じように、女性への憧れ(こうであって欲しい等)もはっきりとある。


しかし女性にこの話をしようものなら、とんでもない。実情は男とあまり変わらない、とバッサリ切り捨てられる。かのじょたちはどちらかといえばいつも中性に近い。

かのじょたちとは、女優や表に出てなにかしら働いているひとたちだ。


そんな毎日で、同じ業界でも女性性を大事にしている数少ないひともいる。劇団TIMELIMITSの主宰(しゅさい)でもあるかのじょとはめずらしく話が合う。

ここで折に触れ、人間性や性別といった根幹を軸に役づくりをしていると書いているが、似た感覚の持ち主なのだ。


女性であるというのは、メリットもあるがなにかと面倒なことのほうが多い。表に出ればなおさら。いいも悪いも引き付ける。周りを見渡しても、開き直ってしまったほうが楽というのもうなずける。


だけど、そんな現在だからこそその姿勢は際立(きわだ)つ。


男を男にするのは、女なのだ。
女を女たらしめるのは男しかいない。


人間がキャラクターの根幹なら、性別は関係性のそれなのだ。

演技にとって、関係性が不可欠とみな口をそろえるが底に何が流れているかは無頓着。


それを突き詰めずになにかしても、観客の深いところを揺さぶれるわけがない。

12月6日〜12月12日に投稿したなう



男は彼女を女にする。女は彼を男にする。そんな関係性は、演技に深みを与えると思う。
12/11 11:55