渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -169ページ目

3月7日〜3月13日に投稿したなう



キョロキョロしているときにはたいていバイクの置き場所か、電源のあるカフェを探している。
3/7 22:44

おれもパパになったら気をつけよう・・・ http://p.tl/1kPV #YouTube
3/8 0:42

近況

昨日はバイクで移動していたのですが、甲州街道や環七環八は帰宅時のラッシュと相まってかなり渋滞していました。

まわりを見ると高速道路の入口が閉鎖されていたりしていて、ふだん下を走らない車が詰めかけているんですね。

裏道はふだんとあまり変わらず、時間はかかりましたが、無事に帰ることができました。


弟は帰宅できず職場に留まっているいるそうです。


父はタクシードライバーをしていて、おそらく渋滞で仕事にはならないでしょうが、出かけていきました。

グダグダなピース

舞台の稽古初日。


舞台はその大小にかかわらず、本番まで脳みその結構な割合を占(し)める。

つねに全体像として捉(とら)えなければいけない。


膨大(ぼうだい)な情報。

セリフに振り回される可能性だけでも、舞台のほうがもちろん高い。


映像だとシーンナンバーが決まっていて、それだけに集中できる。

カメラのポジションを見ればどの辺までがアクティングエリアかが判るので、不安はない。


が、舞台では演出や照明が居場所を決める。

それに稽古とはいえ、その日どこまでやるのか検討がつかない。

いったいだれが、どのくらいの準備をしてきているのか。


具体的に言うと、カメラのフレームである程度画(え)を埋めたり切ったりしていく作業がないので、たとえば舞台上で共演者とともに居場所を作っていった。

もちろんこれで、決定ではない。

すべてが相対的なバランスのため、探りながら、つまりグダグダだった。

え、前回もこんなだったっけ? というくらい、バラバラ・・・。


とはいえ、これは非常に大切な作業。


ひとたび演出家が交通整理をすれば話は早い。

だが、それを敢(あ)えてせず、登場人物の生きたいように行動させる。

いちおうセオリーはあるが、じぶんのキャラクターに歩かせてみる。

頭のなかにある世界と実際は、えてして違うものだ。


逆に器用過ぎる役者がいないのも救いだった。

初日から完成していると、本人に引き出しのない場合、数ヶ月という時間のかけ方が解らなかったりする。