時間の芸術
俳優は作品を通してみなさんとお会いできる訳ですが、それ以外をどこでどう過ごしているかといいますと、多くのアスリートのように準備に余念がありません。
本番は一瞬なので、気づいたら「あっ」という間に終わってしまいます。
音楽や演技は時間の芸術ですので、遡(さかのぼ)って何かを取り戻すことは不可能なのです。
とくに演技は、自分自身を使います。
つねにアイドリングしていなければ、撮影が終わった後にようやく身体が温まってくるという事態になりかねません。
チケットを売る俳優を便利に使ってはいけない。
今年の9月にFALで舞台をやることになって(それは映像演技を活かせる規模でとても贅沢なことですが)、最近では今後の舞台活動も同時に想像しています。
演技が好きな俳優にとって、本当はライブで魅せられる機会は大変に素晴らしいものです。
それならどうしてしないか、といえば答えはシンプルで、チケットを売って少ないもうけでまたアルバイトを続けなければならないから。
演技を追求する俳優がいます。
チケットの売り上げこそが能力、と考える俳優もいます。
どちらも間違えてはいません。
それぞれ作品に貢献しているからです。
しかし小さいながらも制作側に立ってみて初めて、少なくともチケットを売る俳優を便利に使ってはいけない、と考えるようになりました。
劇団は星の数ほどあり、たいていは主宰者が自らの表現を求めて立ち上げたものです。
だから、それを守ることはアイデンティティを守ることでもあります。
したがって賛同者(共演者)は、たとえチケットをさばける能力(ファンの多さ)があっても、その意思に従わなければなりません。
考えてみれば、どの職業も同じなのです。
そして、だからこそチケットをさばける人は自分で公演をすべきなのです。
「解(わか)る」と「できる」
FALという有志のグループを作って、定期的に演技のトレーニングをしています。
毎月台本を代えて、また新たな役にアプローチをして。。
ある方法を理解しても、じゃあ今度は自分で一(いち)からそれらを利用するとなると大変に難しい。。
それは、じっさいに取り組んでみて初めて解ることです。
永らく続けているはずなのに、なんだかやればやるほど奥深さに気づいてキリがありません。
しかしながら、多くの俳優は「ああ、それ解った(理解した)」と言って去っていきます。
しかし本当は、解ってからがトレーニングなんだと思います。
理解するのと、じっさいに使えるのでは大きな隔(へだ)たりがあります。
むかしから言われていることですが、いざ自分に降りかかるとうっかり忘れてしまうようです。
やらなくなる理由なんて、ごまんとありますから。