「○○なやつが多すぎる」
「△△なこと多くない?」
ってSNSで言う人、時々見かけます。
(たいていはネガティブ系)
僕もかつて、今よりも人間お粗末な頃、
しばしば言っておりました。
下品でしたよマジで。
自分を含め、僕の知っている限り、
Facebookやtwitterでつながっていて、
かつ過去にこれらの発言をされた方の中で、
多いと言っておきながら、データを挙げた人を見たことがありません。
はたして彼らは何を以って多いと言っているのだろうか?
10人だろうか?100人だろうか?
そしてそれは何人中の10人ないし100人なのだろうか?
サンプル数と母数がないとその判断は本来できないはず。
それにこの2つの数字もただの必要条件でしかなく、
そこに他の諸条件が加わって初めて客観的な判断となりうると思うのです。
例えば、100人という数が多いか少ないか、
ということを夏季オリンピックケルメダル獲得を例に考えてみます。
来年2020年、東京オリンピックの開催が予定されています。
前回のリオデジャネイロオリンピックにおける
日本選手団の総メダル獲得数は41枚で、これが過去最高獲得枚数です。
もし来年日本選手団が100枚メダルを獲ったとしたら、
日本が獲得するメダルの枚数としては最高記録を更新することになり、
過去24回参加での総獲得枚数439枚の平均18枚 (四捨五入)と比べても
「多い」と判断出来るかと思います。
しかし、これがアメリカ選手団の場合、
「多い」か「少ない」かは微妙な判断になります。
アメリカの過去27回のオリンピック参加のうち、
9回100枚以上メダルを獲得しており、
最高獲得枚数は1904年セントルイス大会の242枚です。
この記録と比較したら「少ない」という判断になりますが、
全27回で獲得した総枚数2399枚の平均値 (四捨五入して89枚)と比較すると
「(獲得平均数より)多い」という判断になります。
同じ100人 (枚)と言っても、条件によってこうやって判断が変わってくるわけです。
自分が過去に発言してきたこれらの愚行。
当時は勿論こんなこと考えてすらいなかったですよ。
恥の極みだと思います。
今更思い出せませんが、嫌な出来事、
正確に言うと、自分の身に起きた複数の出来事に
似たようなネガティブな意味づけを行なった、ということだと思います。
そのフラストレーションの捌け口に使っただけの話です。
今だからわかるけど。
それに、この記事も大いに矛盾してるしね。
「データを挙げた人を見たことがない」、
つまりゼロとは言っているけど、母数を示してないからね。
というかさすがにSNS始めた頃のタイムラインまで遡り切れんけど。
ああ、矛盾。
ネットの世界、特にSNSは情報が早い。
だけど、すべての情報が本当ではない。
それが本当かどうかを判断する術を、
受け取る側が自衛手段として持っていないと
簡単にネットの波に飲み込まれる。
逆に発信するときも、正確な発言をしないと、
いつ自分が嘘つきになって、糾弾されるかわからない。
それがSNSでコミュニケーションするうえでの責任。
…なんか話の矛先が変わってるような気もするけど、
今はそんなことを考えています。
YOSHINORI