「本は弁償すればいいですか? それから、何というか──罰則みたいなものはありますか?」
「罰則──ですか?」
「ええ、貸出カードを没収されるとか、別室でお説教されるとか、弁償以外の手数料を取られるとか」
「まさかぁ」ふたたび、50がらみのおばさんみたいに振った手のひらは、これまたいい具合にスナップが利いていた。
ナイスボー
はい?
いえ……
「弁償はまあ弁償なんですが、同じ本を購入して納めていただく形になります」
「買って持ってくればいいんですか?」
「はい」
「ここに?」僕は地面をツンツンと指さした。
「よその図書館に持っていかれても……」彼女は窓に向けてツンツンと指をさした。
「あ、そうですよね」半笑いになった僕を見て、彼女は脱力したような笑みを浮かべた。
「新品でなくてもいいんですよ。ブックオフにあったら、それを買った方が安いです」
「それでいいんですか」
「いいんです」彼女はコクコクと頷いた。
貸出カードを見て彼女が僕を見た。
「どの本がいなくなっちゃったんですか」
なくなる、ではなく、いなくなる。本をまるでペットの動物みたいに彼女は表現した。
「姑獲鳥の夏です」
「ああ、京極夏彦ですね」
「読んだことありますか?」
僕の問いに腕組みをした彼女は、考え事をするときの癖なのだろうか、エプロンから取り出したボールペンであごをポンポンポンと叩きながら視線を宙に浮かせた。
「どこまでもだらだらといい加減な傾斜で続いている坂道を登り詰めたところが、目指す京極堂である」彼女は目を閉じて揺れるように頷いた。
「あるんですね!」
「分厚過ぎたし、好みでもなかったので挫折しました」
「僕も同じです」
「挫折しました?」
「いえ、読んでる途中で失くしてしまって」
「あらぁ、それは残念でしたね」
「え?──あ、はい……」
腰を折り、俯いた彼女はボールペンを走らせていた。
「はい」差し出されたものには携帯の番号と名前が書いてあった。
いらなくなったコピーの裏面を切ったものだった。
一之瀬美玖
何の真似だろう……。
僕はドキドキした。
「はい」彼女がボールペンとメモ用紙を差し出した。
僕はそれを、面食らいながらも受け取った。
「あたしもちょくちょくブックオフに行くから気をつけておきますよ。見つかったら電話するということで──お仕事何時までですか?」
「5時には終わりですけど、残業になっても5時以降なら全然平気です」
「もし先に見つかったら連絡ください」
これはもう絶対、電話で話ができるということだ。
「ありましたよ、100円コーナーに」と嬉しそうな声で電話があったのは数日後だった。
本なんて世の中にはいて捨てるほどあるのに、これと決めたら見つからないもので、僕も苦労していた。
「買っておきますか?」
「お願いします」
「じゃあこれは──わたしが門脇さんにお渡しして清算を済ませて、門脇さんが図書館に持ってこられるのが一番正しいやり方ですね」
僕は思いがけないことで、眼鏡を掛けてちょっと知的で、時々ナイスボールを投げる彼女と個人的に接触することができたのだ。
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