愛は寛容であり、愛は情け深い | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」

僕が神というものを求め聖書を紐解いたとき、最も心打たれたのが、新約聖書のパウロの手紙だった。

イエスはガリラヤ湖周辺の、ごく限られた地域でしか教えを説いていない。それもわずか2年あまり。
そう、たった3年足らずの期間しか教えを説いていないのだ。

それが世界宗教となる礎を築いたのがパウロ(サウロ)だ。


ガリラヤ湖

アメリカのトランプ大統領がイスラエルが占領しているゴラン高原をイスラエル領と認めるべきだと発言したことで騒ぎになった。

イスラエルは1967年の第3時中東戦争でシリアからゴラン高原を奪い、1981年に併合すると発表したが、これまでアメリカを含む国際社会はこれを認めていないからだ。

そのゴラン高原は、ガリラヤ湖と接するようにシリアとイスラエルの国境にある。


コリント人への第一の手紙
第 13 章

1 たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。

2 たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。

3 たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

4 愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。

5 不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。

6 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。

7 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。

8 愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。

9 なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。

10 全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。

11 わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。

12 わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。

わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。

13 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である

イエスが多くの奇跡を起こしたとあるけれど、その大半は弟子たちの創り出した夢・希望・捏造だと思っている。

旧約聖書は、宇宙人を神だと信じ込んで書かれた、まがい物だと思っている。そしてこの推測は、どう考えても当たっている。

けれど、イエス・キリスト=ナザレのイエスは、宇宙の真理を知った本物だったと思っている。



あぁ、もう寝なくちゃ(;'∀')

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