カスバの女と昭和30年の大阪 | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」
当時を知るわけではないけれど、この歌、時々頭に浮かんで口ずさんでいたりする。
歌詞がよく分からないので、いい加減なつなぎになっている。

サビは元気に口ずさんで、知らないところは、ふん、ふん、で済ませる。

カスバの女は、エト邦枝が1955年(昭和30年)に発表した楽曲である。
─Wikipediaより─

フランスからの独立を求めて、アルジェリアの民族解放戦線(FNL)が、首都アルジェのカスバなどを拠点にゲリラ闘争を闘っていたのが1950年~60年代初頭。
そのころ、この歌は作られた。

「カスバの女」は、パリからの流亡の果てにアルジェのカスバの酒場に売られた女性が華やかだった若い時代のパリを望郷しつつ、やはりフランス軍に雇われて派遣されてきた対FNL討伐部隊、当時は「外人部隊」と呼んだの外国人雇い兵との結ばれぬ恋のやるせなさを歌ったものである。

─ネットより拝借─

本家エト邦枝より、緑川アコの歌がいいらしいのだけれど、いいのがなかったのでこれにします。

映像は昭和30年の大阪だそうです。これがなんだか、すごくおもしろいです。

エト邦枝 カスバの女


大阪という町に、僕は一度しか行ったことがありません。
その唯一は、同窓会でした。

大阪駅から御堂筋を歩いて、左にアーケードを入った記憶があるんだけど、あまりあてにはなりません。

大阪在住の方、フォローしてください。僕はあれが、なんという町だったのかを知らないのです。

東京から徒党を組んで新幹線。
日本各地から集まってもらいましたけど、大阪に住む級友たちは大歓迎で、至れり尽くせりか! 胸は膨らむ。

幹事は、東京幹事長の僕がやりました。頼んでみたけど、大阪連に幹事をやる人がいなかったのです。

なにしろ大阪に行ったことがないので、お店なんて知らないからそこはお任せしました。

けれど、出欠のハガキをPCのプリンターで刷りだして郵送したのは僕だし、それは僕の部屋に届きました。なんて大回りなんでしょう。

御出席
御欠席

の「御」を2本線で消さずに出してくる奴らも多いのにびっくり。いくら同級生とはいえ、常識のなさに情けなくなる。

それが欠席に〇だったら、腹立ちまぎれに「馬鹿かこいつらは!」 と罵りつつ、その数を大阪に住む級友に報告、最終的に参加人数を決めました。


お店に着いたとたん、集金業務。
顔と名前が一致しないから、立て膝でいちいち確認しながらお金を集める。

幹事、僕だけ?
ねえ、いつから幹事僕ひとりになったの?

おいおい、そこのふたり、酒飲んでしゃべってる場合? あんたらも幹事でしょ? ほらほら、そこのふたりも。

とても悲しくて、情けない気分になった。それはいまでもはっきりと覚えている。
捨て鉢にならなかった僕、偉いぞ!

なぜなら、そもそも僕は、そんなキャラではなかったから。学生当時を考えれば、ありえないことだ。

ひとたび校内の人波を歩けば、モーセが海を割ったように道ができた。

それは僕が、ウンチを漏らしていたわけでも、虐められていたわけでもない。

恐れられていたからだ。

20代のころまでそうだったかなぁ……。
僕は人に道を譲ったことがなかった。とにかく、歩きたいほうにまっすぐ歩いた。
誰もが道を開けたから。

スーツに、襟を立てた黒革のコート。セカンドバッグを片手に、グラデーションのサングラスにどこか険しい顔。うん、今の僕でも避けるな。関わっちゃいけないタイプだ。

かといって、ゴリラみたいな男を想像すると思い切り外しますのでご用心。

今? うん、人にぶつからないように一生懸命よけながら歩いています。
いいのか悪いのか、気の強さだけはあまり変わってないんだけどね。

『カスバの女』の古い大阪風景から、こんな話になりました。

今日はブログを書けただけでも上出来です。
来週あたり、僕は潰れそうです。

ご訪問もせずに、僕はもう寝ます。
おやすみなさい。


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