「真理というのは自然に存在するものでさ」あなたは暖かな風に乱された前髪をかき上げた。
「人間のつくれるものじゃないんだ」
ニイニイゼミが鳴き始めたころだった。そう、平成最後の夏が始まったころ。日差しに目をすがめたあなたは葉桜を見上げ、わたしは小さくうんと頷き言葉の続きを待った。
「幼児って自分に必要なもの以外を求めたりしない。それが人間が生きるための真理なんだ。ところが大人はさ、自分に必要なものの十倍、百倍を求めようとする」
「あぁ……そうかも」
「これ政木さんって人の受け売りだからね」あなたは笑い、通り過ぎるバギーに乗った幼い子供に向けて、顔の横でパラパラと指で挨拶をした。
目じりにしわを寄せるあなたの笑顔が好きだった。
「まさき?」
「政木和三って、なんていえばいいんだろう……発明家かな。自動炊飯器とか自動ドアとか歯科用ドリルとか魚群探知機とか。いろいろひらめく人だったみたいだね」
「へぇすごいねぇ」
「スピリチュアリストでもあるんだけど、その人が書いていることなんだ。話を戻すと、それが叶わないとき、自分は不幸だ、さびしいと嘆く。それだって所詮は個人の欲望、それも必要以上の欲望に帰するものなんだね」
「欲しがりなんだね、人間って」
砂場で遊ぶ母子を見ていたあなたは、音速でこっちを向いた。
「彩香も!」
「そんな拓也だって!」
一瞬の無言の後、ふたりで同時に吹いた。
「望んでも自分のものにできないものは、自分には不必要なものと思えば欲望も消えていくし、いくら努力しても達せられない思いは、自分には無関係のことであると思いきってしまえばいい」
ここまではなんとなく分かった?
うん。
「そして、自分の実行できることだけに全力を注入すればいい」
仕事の愚痴をこぼしたわたしに、あなたはきっとアドバイスをしようとしたのに違いない。
蝉だね、あなたは耳を澄ますようにちょっと頭を傾げた。気づくの遅すぎなんだけど。
ああ、でもあなたはこのわたしに何を言えばいいのか考え続けていたに違いない。今さらながら感謝します。
「でさ、この世は水の流れのように、なるようにしかならない。そして、自分の周辺に起こるどんな小さなことでも、すべて必然的に起こることであって、偶然には絶対に起こらない」
わたしにとってあなたは、不必要なものだったのだろうか。いや、そんなはずはない。偶然に起こることはないって言ったよね。だからあなたは……?
「いつもありがとうございます」その人は私の隣に腰を下ろし丁寧に頭を下げた。
「いえ」
「彩香さんも」言葉を切ったその人は、あなたの写真を見つめてそっと、長く、唇が震えるような息を吸った。
「いい人を見つけてください」
その人の言葉遣いは、秋風が吹き始めたころから丁寧なものに変わっていった。
この言葉を発するには、わたしの義母になるはずだったこの人だって逡巡したに違いない。だから責めたりはできない。
でも、まだ口にしないでほしかった。
ともに悲しんだその人を遠くに感じながら、あなたの遺影に目を戻した。
「人間は年をとれば必ず死んでゆく。その時、何を未来に持っていけるのか、持っていくものは何一つとしてない。自分の肉体すらほったらかしにして行かねばならない」
あなたの受け売りの言葉が頭の中でこだまする。あなたの香りが、やがてお線香の香りに変わってゆく日が来るのだろうか。
街が華やぐクリスマスイヴだというのに、わたしの時計は夏のままで止まっている。
「お義母さん」わたしは一度も使うことのなかった最初で最後の呼びかけをしてみた。隣で、ピクリと肩が揺れた。
「また、来ます」
俯いたその人は、瞬時に顔を覆った。
もう少しみんなで悲しまなければ、わたしは先には進めない。あなたに、申し訳が立たない。
竹内まりや 天使のため息 返信
天使のため息
作詞:竹内まりや
作曲:竹内まりや
まぶたを閉じれば 浮かぶふたりの歴史を
今でもこんなに 近くに感じてる
春の日のくちづけと 夏の夜のときめきと
けんかしたあの秋と 幸せな冬の朝
人はなぜ皆 失って始めて気づくの
見えない糸で 結ばれた 愛の重さに
もう少しそばにいて 私を守って
偶然と呼ばれる出来事は 何もなくて
出会いも別れも 最初に決まってる
束の間の喜びと 戯れを 引きかえに
永遠の恋だって 奪われてゆくことも…
人はなぜ皆 淋しさを抱えて生きるの
たった今来た道さえも 迷路の始まり
光のあたる 場所いつも探してる
懐かしいあの歌が どこからか流れてく
何もかも 美しい思い出に 変わるけど
人はなぜ皆 限りある命を燃やすの
天使のようなため息で 最後につぶやく
再び会う為の 短いさよなら
あなたにさよなら 忘れないでね
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政木和三
生涯に1000件以上の発明をしながら特許権を無償で公開し、社会の進歩・発展に大きく寄与した。
生命体エネルギーの重要性を説き、平成14年8月6日、87歳の生涯を閉じた。