浮かぶ氷山みたいな図があった。
ちょこんと出ているのが顕在意識、海に沈んでいる多くの部分が潜在意識。それがフロイトだった。
実は氷山は一個ではなくて、海の中でつながっていて、その部分が集合的無意識、としたのがユングだった。
僕は突き詰めたわけではないから、心理学の道の人が聞けば笑止ものの説明になっているけど、僕にとってフロイトとユングはそんな感じだった。
ユングの集合的無意識の下に神がいる。
若い頃の僕はそう考えていた。
今はといえば、どうだろう? うまく説明できないけれど、それとは少し違っていて、その間にもっとたくさんのものがあるのだろうと思っている。
集合的無意識の部分が、僕たちが光の存在であるところだ。
僕たちはつながっている。
だから、戦う必要もなければ、蔑む理由もない。
けれどそれは起こる。
それを起こしているのは、けっして他者のせいだけではなく、自分の責任でもあるのだけれど、それにはきっと、何か深い理由がある。
ここ最近、日本でも注目を浴びたのがアドラー心理学。フロイトとユングは考え方を変えると人生が変わる、とした。
それに対してアドラーは、行動を変えると人生が変わるとした。
どちらも間違いではないだろう。
個を強調するアドラーより、ユングのほうが日本人には合っているような気がするけれど。
それにしても、ものすごく雑な解説になってしまった。
それはしょうがない。知識が雑なのだから。
だけどひとつだけ言えることがある。
道は違えど、僕たちは同じところに向かっている。
ジュピターで、今夜の僕はこんなことを考えた。
リトグリを聞きながらだったんだけど、ずいぶん早く終わるなと思ったらフルじゃなかった。ここはご本家で。
つながっているからこそ、僕たちは好きになったり嫌いになったりするんだろうな。それはきっと、半分テレパシー。
ジュピター / 平原綾香
Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥で つながってる
果てしない時を越えて 輝く星が
出会えた奇跡 教えてくれる
Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
この宇宙(そら)の御胸(みむね)に 抱(いだ)かれて
私のこの両手で 何ができるの?
痛みに触れさせて そっと目を閉じて
夢を失うよりも 悲しいことは
自分を信じて あげられないこと
愛を学ぶために 孤独があるなら
意味のないことなど 起こりはしない
心の静寂(しじま)に 耳を澄まして
私を呼んだなら どこへでも行くわ
あなたのその涙 私のものに
今は自分を 抱きしめて
命のぬくもり 感じて
私たちは誰も ひとりじゃない
ありのままでずっと 愛されてる
望むように生きて 輝く未来を
いつまでも歌うわ あなたのために
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