ヒステリー男現る | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」

昨日は書いたけど、僕は仕事のことはあまり書かない。
ネタに困らないほどだけど、書かない。

仕事のスイッチを切ったら、ぽやんとした男に戻るから書きたくもない。

でも、今日はネタがないから書こう。

本日のネタ男。

僕はちょっとした作業を抱えてレジにいた。
「レジちょっと借りるよ」
それも、レジ担当が会計を待っている間の短い時間。
その時、遠くから声が聞こえた。

「これで1400いくらって、なんだ!」
「すみません!」
あれまあ……それでも僕は作業を続けた。目の前のお客さんがお金を出そうとしているから。
絶え間なくやってくるお客さんの間を縫って作業を終わらせるには、これが数少ないチャンス。

「なんなんだよこれは! なんでこれが1400いくらなんだよ!」
またもや、どでかい声。
「やり直せ! ゼロからやり直せ!」
「はい!」

僕はたまらず作業をやめてそのレジに向かった。

「どうした? 間違えたか?」横に立ちレジの女の子に尋ねる。
女の子は必死でレジを操作している。たぶん、怒声に怯えて頭が真っ白だ。僕だってなにが起こったのかなんて理解していない。

「すみません、いくらいくらです」金額を読み上げる。
「信用できるか! ゼロからやり直せ! ダメだ! ゼロからやり直せ!」

そのヒステリー男は、年のころはどうだろう? 40代? サラリーマン風。
小太りで眼鏡を掛けて、顔を茹でダコみたいに真っ赤にして、額の辺りをピカピカ光らせて店内に響き渡るほどの大声で怒鳴っている。
女の子はまたレジを操作し始める。

「信用できねえんだよ! ゼロからやり直せって言ってんだろ!」
「今やってますから、静かにしてください」僕は片手を上げた。そう、申し訳ございません、なんて口にしない。
それは普通の人に対する言葉だから。周りのお客さんは、漫画みたいに目が真ん丸だ。
この人、明らかにおかしい。

「だから、ゼロからやり直せって言ってんだよ!」
「いいですか?」僕は人差し指を向けた。「今やってますって聞こえませんでしたか? うるさいですよ。静かにしてください」僕はその男の横に立った。

「うるさいんだよ!」声に見ると遠くで様子を見ていた若者二人だった。僕はその二人に笑って見せた。二人もたいへんですねえ、という顔で反応してくれた。
こんな時のほかのお客さんの反応というのはうれしいものだ。

だから僕はこんなとき、間違いなく助け舟を出すタイプだ。客を迎える立場は弱い、ということを一番知っているから。同じ客としてなら脅すこともできる。

「なんでこの金額なんだよ!」
「うるさいですよ」

「いらねえよ!」僕の方を一度も見ることのなかった男は、憤然と歩き去った。
「はいはい」僕はその男が置き去りにした商品を元の場所に戻すために手に取った。

その騒ぎの真相というのは、前のお客さんが丁度置いていった煙草の会計をそのままにして、その男の会計をスキャンしたためだった。

行列の絶えない店ではあり得ないことではない。きっちり置いていったのなら預り金が生じないからだ。

ヒステリーというのは、一種の病なのだろうか。
何かスイッチが入った瞬間に、別人のようになってしまうのだろうか。

おそらくはあの人、普段は普通の人なのだ。でも、周りにいる人たちは間違いなく気づいてる。スイッチが入るとやばい人だって。

最後の言葉が、「ママに言いつけてやるぅ!」じゃなかったのが救いか。なぜそう思ったのかというと、その言葉が似合いそうなキレ方だったから。

「気にするな」
レジ担当に、僕はそう声をかけた。

ほら、こんなことを書いてたら、僕の心は安らがない。
もう書かない。
あ……でも、書くかも。ネタの宝庫だから。

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