「寒くはないか? エアコン強くしようか」
「ううん、大丈夫」
「そか。しかし、懐かしいなこの道」
あなたはハンドルをひとつ叩いて、覗き込むように前かがみになった。
「走ったわね、あの頃。こんな夜中じゃなかったけど」
「うん。元気だったなあの頃」
「元気だったって、やだ年寄みたいに。ねえ……何かあった?」
「いや、なにも。なんで」
「ううん。なんとなく」
「そか」
「なんか飲むか? あの先に自販機があるぞ」
「ううん、大丈夫」
「そか。寒いけど窓を開けてみようか。きっと海の香りがする。あの頃の、海の匂いがさ」
「ねえ」
「なんだ」
「たまには弱音を吐いてもいいのよ」
「なんだよ藪から棒に」
「愚痴を聞く耳は持たないけど、弱音ならいいのよ。それで、あなたが救われるとは思えないけど」
「そか」
あなたは、景色でも眺めるように、ふっと笑って横を向いた。
「ありがとな」
「やだ、泣いちゃ」
松任谷由実/埠頭を渡る風
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