仕事場に電話が入ったのは、夜も遅い頃だった。
「死んだ」
ゆっくりと息を吸った僕は「そぉ……」と、ため息混じりの声を出し、唇を引き結んだ。電話を掛けてきた兄も、哀れなほどに沈んでいた。
母親が死んだからといって、さっさと仕事を中断することができないのが飲食業の定めだった。安定したよほどの大手ではない限り、ぎりぎりの人数でこなすことを要求されるからだ。
切符がなかなか取れなかった僕の帰郷は遅れた。
空港に着いた僕は実家に電話をした。出たのは叔母だった。
「○○ちゃん、姉ちゃんはもう行くとよ」
「待ってくれ、待ってくれ!」僕は受話器を握りしめた。
「○○ちゃん、葬儀屋さんが来て、みんなが姉ちゃんを早く焼こうとするとよ」
「待ってくれ……」人目もはばからず、僕は泣いた。
結局僕は、母の死に目にも会えず、死に顔さえ見ることが叶わなかった。
僕を待っていたのは骨壺に収まった母だった。
僕はまだ30代も前半だった。
なんと短いつきあいだったのだろう。
僕の子供を待ち望んでいた母に、孝行のひとつもできなかった。
その後、生まれたばかりの娘の顔に、僕は母を見ることになる。
あの日の出来事を、僕は忘れることがない。
なぎらけんいち「永遠のきずな」
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