「川村君はまだなの?」バックパックをソファに下ろし、綾音は乱れた髪を手櫛で直した。
「さっき電話があったから、もうすぐ来るんじゃないかな。あやはコーヒーにする?」
「ううん、いい。家で飲んできたから」
「そか」
口元で微笑みパソコンデスクの椅子に座った工藤美咲は、いつも通りの穏やかさだった。
街にイルミネーションが灯るある夜のことだった。コートからシャツからパンツまで、黒ずくめのスタイルで目の前に現れた彼女は言った。あなたをずっと探していたと。

その目は闇夜を纏(まと)ったように暗く、怨嗟に燃える炎(ほむら)を放っていた。
彼女は、会ったこともない私の、名前はもちろん素性までも知っていた。心底ぞっとしたことを憶えている。
「ヤマト」片桐彩音は黒い子猫を抱え上げ、ソファに腰を下ろした。
「あ・や・ね。かってに名前変えないでって……」パソコンのディスプレーから顔だけで振り向いた美咲は眉根を寄せた。

「だって、ちゃんと反応するよ。ねーヤマト」子猫の鼻に自らの鼻をくっつける。
「彩音のせいでしょう」
「チビクロって名前の方がよっぽど哀れだと思うなあ。いつまでもちっちゃいわけじゃないし」片桐彩音はショートボブをかき上げた。
「それより、依頼のメール読む?」美咲は椅子をくるりと回して彩音に向いた。肩に掛かるミディアムヘアに黄色いワンピース。おっとりとした顔。どこからどう見ても、穢れなき深窓の令嬢風だ。
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