─お茶漬けの味─
「さ、召し上がれ。具は鮭と梅干しと塩昆布しかなかったけど」
ゆらゆらと湯気の上がるお茶漬けがテーブルにのった。
「ああ、ありがとう」
小振りのどんぶりを手に取り、それをじっと見つめた。そして、フレークの鮭とご飯を口に運んだ。
「美味しい? 食べられそう?」
少し不安げな美香子の声に、僕はお茶漬けを彩る不思議な具材を眺めた。
「うん、美味しいよ。でも、やっぱり食欲がないのかな、あまり喉を通らない」
「無理をしないで。全部食べなくてもいいのよ」
「そうか、せっかく作ってもらったのに悪いな」僕は申し訳程度に鮭を口に入れ、箸を置いた。
「コーヒーを淹れてくれるかな」
「おとうさん、今年でいくつになったんだっけ?」
テーブルに両肘を付き、両手で挟んだカップ越しに美香子がじっと見つめた。僕は口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。
「おいおい、自分の旦那の歳を忘れるとはひどいんじゃないか?」
「ううん、訊いてみただけだけど。休みボケしてるんじゃないかなって」
「ひどいこというなぁ。休みっていったってたかだか2ヶ月じゃないか。38歳におなりですよ。休んでいる間に2ヶ月分だけ心も成長しました」
「おとうさん」美香子は、気だるさと諦めと哀れみを浮かべた目を向けた。
「なんだ? その怖い顔は」飲もうとしたコーヒーを途中で止めた。
「食べたのよ」
「何を」
「朝ご飯、2時間前に食べたのよ」
「誰が」
「おとうさんよ」
「いつ」
「2時間前よ」
「何を言ってるんだ?」

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