─下降する─
煙草の空き箱をひねり潰し、肘掛けを支えに立ち上がった。
「あたしが買ってきましょうか。これ、見終わった後で良ければだけど」
テレビから目を離さない妻の声に、いや、ちょっと外の空気でも吸ってこよう、と僕は頷いた。
「ミウも行く!」
レゴで遊んでいた6歳になる下の娘が立ち上がった。8歳になる長男は部屋で宿題に取り組んでいるはずだ。
「お父さんはたばこを買いに行くだけだよ。美羽はお留守番してなさい」長財布をズボンの尻ポケットに入れて笑いかけた。
「じゃぁあ、おみやげ」
足にまとわりついてきた娘の声に、通りの角にある自販機ではなく、コンビニへと予定を変えた。
「何がいいのかな」
「ガム、ぶどうのガム」
「ぶどうのガムね。うん、分かった」娘の柔らかい髪を撫でた。
エレベーターが下りてゆく。7階、6階、5階、右側に並ぶ階層表示が緩やかに下降していく。
チラリと見た腕時計は午後の8時半を少し過ぎていた。どっちのコンビニにしようかと双方の店内風景を思い浮かべ、ガムの売り場が広い方に決めた。
また階層表示を見た。2階、1階。
一歩踏み出した足元を見ながら、そろそろこのウォーキング・シューズも買い換え時だなと思った。
え?!
エレベーターが下降している感覚は消えない。
慌てて見た右横にある階層表示は0階のランプを点し、大地に押し込まれるような圧力を残して静かに止まった。
このマンションに地下はない。あったとしても、0などという表示は、あり得ない。
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