黄金色の剣─こがねいろのつるぎ⑧─ 「そして闘いへ」 | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」

ティエンが率いてきたおそよ50人の人々で、村の人数は一気にふくれあがっていた。食べ物は豊富にあるから気にせず逗留されよ、とイシュリムは快く迎えてくれたようだ。村の者は合流しテントを空けよ、男どもは外で眠れと。

「ティエン殿、無事でご到着されましたか」
「イエナ殿の妻子も含め皆無事でございます」ティエンを始め闘いに挑む者たちは、闘う部族の衣に着替えていた。イエナも剣を腰に差した。
「おじちゃん、ほら剣を小さくしてもらったの」セブナはその剣を抜いて見せてくれた。
「おお、これは扱いやすくなったでしょう」うん、と頷きセブナは剣を一振りした。
「急ぎこの子の衣も履き物も帯も揃えてもらいました」

「イエナ様、首を長くしてお待ちしておりました」
「おおスベラ殿、ようお似合いだ」
「これは動きやすい衣にございます。しかし、イエナ様の村が大変なことになったそうで……シェリ様にお聞きしました」スベラは頭を下げた。
「スベラ殿の村も心配でありましょう」
「はい、是が非でもここで食い止めねばなりません。それと、申し訳ないと思いましたが、イエナ様には内緒で剣を比べてみました。わたくしとイエナ様の剣の鍔(つば)はとてもよく似ております」
ネイトンの剣の鍔は大きな楕円を描き、大小の三日月、太陽と満月を表しているのか大小の丸、草の模様が透かし彫りにされたものだ。

そう言われて皆の腰の剣を見ると、柄を取り囲むように曲線を描いて設えられた金具は同じだが、鍔の形や大きさはそれぞれだった。菱形の鍔、丸い鍔、十文字に金具が取り付けられた鍔、お椀を伏せたような形をした鍔。
実際に剣を合わせたり打撃を加えるわけではないから、装飾の意味合いが強いのかもしれない。イエナは剣の鍔を寄せてみた。確かにそっくりだった。
「確かにこの二つの剣の鍔は際だって美しい。揃えたのかも知れませぬな」
「あるいはどちらかが真似をしたのやも」スベラは嬉しそうに笑った。
「わたくしはこれを、時の流れを表したものかと想像します。ほらイエナ様、三日月も丸もそれぞれ三つ。この草も三箇所で大きさが違っております。育っているのでありましょう」

「さ、皆のもの出陣じゃ!」イシュリムが声を上げた。
「ご武運を祈ります」子を抱いたシェリが愁いを帯びた瞳で腰を折った。

「では、ここで待とう」イシュリムの言葉に従い、村の目前に陣を構えた。クロンの剣も間に合った。迎える総勢23人。
イシュリムの結界は村の入り口よりおよそ60間(108m)ほど離れた左前方に設けられた。木の杭が打たれた5間(9m)四方ほどの空間の真ん中にイシュリムは座った。これが魔物を寄せ付けない結界だ。
12人の男たちは村を背に、お互いが離れて半円を描くように座っていた。最も近い扇の中心から村の入り口までおそよ30間(54m)。それぞれの距離おそよ4間(約7m)。

扇の中心にセブナ、右に二人置いてショナム。以前集会所でネイトンの帯を見せてくれた男だ。その反対側にクロン、左の端にイエナ、右の端にはティエン。
スベラを含む残りの11人はイシュリムの結界の中に座り、戦況を見守る側だった。
なぜ女児が扇の中心なのか、イシュリムの村の中でも異論が起きた。
「剣の色を見よ、紛れもなく強いからじゃ!」
イシュリムが言い放った直後、セブナは2間(3.6m)ほども離れたところに立っている大木を一刀両断で切り落とした。

陣を構えて二日目の朝がやってきた。
「おいおい、こんなところに女とはどうしたことだ」右の扇の中程にいた男が腰を上げ、驚いたような声を出した。「それもたいそういい女だ」
「お前は何を言ってるんだ」隣に座る男が立ち上がって近づいていく。
「これが見えねぇのか?」
「あ……いや見えた。ここは危ないから村へ案内しよう。しかし腿をそこまで見せるとはたいそう色気のある衣だな」男はこもった笑い声を漏らした。
ふたりの男がこちらに向かって歩いてくるがそこには何もない。それを見ていた男たちは剣を抜いて静かに立ち上がった。抜いたばかりの剣はまだ銀色の光を放つだけだ。
二人の男に駆け寄る男がいた。ショナムだ。
「女! そこをどけ! 悪魔の使いはどこにいる!」剣に左手をやったショナムが叫ぶ。

彼らには見えているのだ。魔物はその人間の目前でしか姿を現さない。イシュリムの言葉は真実だった。
「騙されるな! それは魔物に違いない!」イエナは怒鳴った。
「いくら何でも女は切れない」
「騙されてはならんぞ! 女などおらん!」遠くからイシュリムも声を上げる。
「イシュリム様、女は切れません!」
男が口を閉じたか閉じぬかの瞬間、その胴体が上下に離れた。血を噴き上げる下半身は、まだ上に持ち主が付いているかのようにかくかくと揺れながら大地に立っている。腹から血飛沫を上げながら下半身から離れ飛んだ男の顔は、呆気にとられたようであった。
「ショナム殿! 剣を抜け!」イエナは叫んだ。
続けざまに隣の男の身体が、頭から股へと真っ二つに割れた。眼球は飛び出し、大地が一直線に血で染まった。男の身体は前後にゆっくりと倒れていった。

おのれー! ショナムが走り込み斬りつけた、そのとき初めて、後ろへ飛び退く漆黒の魔物の姿が垣間見えた。
「ショナム相手を見るな! 剣の先を見て心を無にせよ! 目は半眼に保て! 見てはならぬ、気配を感じて闘え!」イシュリムが再び声を上げた。血を見た剣の勇者たちは一気に気を引き締めた。
闘いの端緒(たんしょ)で、すでにふたりの男が死んだ。それも剣さえ抜かずに。やはり、かつての剣の使い手のようにはいかないことが露呈した。これで残るは21人。

奇声を発したショナムが真横に黒い塊を斬って捨てたのを合図のように、黄金色に輝く剣を持った男どもは雄叫びを上げ、扇の輪を広げるように前に走った。荒野の大地にもうもうと土煙が巻き起こった。

「我らを見くびるではないぞ!」ティエンが声を張り上げ、大上段に構えた剣を袈裟にに振り切り、横になぎ払った。二つの黒い塊が瞬時に四つの切れ端になって宙に飛び散った。

「我が部族の敵討ちじゃ!」クロンも走り、飛び退(すさ)り、追いかけ、黄金色の剣を振りまわした。千切れた黒い塊は派手に宙を舞った。

セブナは嬉々として走り回り、飛び上がり、しゃがみ込み声を張り上げて剣を振るった。そのたびに、黒い塊が空に散った。

イエナも剣を片手にひっさげ風が耳を切る音を聞いた。朝日が大地を斜めに照らす中、息を弾ませ見えない敵を追った。
「深追いするな! 村と結界から遠ざかってはならん!」イシュリムの声が聞こえる。
見えた! 躍り上がり斬りかかってくる漆黒の魔物にイエナは腰を落とした。黒い剣が頭上に迫った。右へ避けながら左から右上に剣を振り切った。ネイトンの剣は両手がしびれるほどの衝撃を感じ、黒い塊が二つに千切れ飛んだ。
「敵が見えぬ者は回れ! 走れ!」戸惑ったように剣を構えて留まる男たちにイエナは声を張り上げた。

目前を右から左へ黒い影が横切った。その先に剣を構え背中を向ける男。イエナは走り、高く跳躍して斬り込んだ。強い手応えがして黒い影が二つに飛んだ。
「おじちゃん後ろに!」セブナの声に、イエナは屈み込んだ身体をひねり、振り向きざま右手で剣を払った。骨と肉を震わすような衝撃と共に黒々とした塊が宙を舞い、音もなく大地に落ちた。急速に雨雲が去るように、その塊も瞬く間に消えていった。

「セブナ!」礼を言おうと振り返ると、そのセブナが剣をこちらに向けている。イエナはまた振り向きざま剣を払った。しかし手応えはなかった。前を向くとセブナは剣を構えたまますり足で近づいてくる。
「セブナ、私の後ろにまだ魔物がにいるのか?」イエナの問いにセブナは無言だ。
これか? これが幻想か?
「セブナ、冗談はやめてくれ」イエナの声も届かぬようにセブナはじりじりと寄ってくる。
「イシュリム様、私の前に何か見えますか?!」イエナは遠くにいるイシュリムに向かって声を張り上げた。
「何もおらん! だが奴らは目前でだけ姿を現すゆえ気を緩めるではないぞ!」右耳にイシュリムの叫ぶ声が届いた。
やはりこれは幻想。だが、斬れるのか? もし、まかり間違えて本者だったらどうするのだ。
「セブナ、冗談だったらやめてくれ」イエナはじりじりと後ろへ下がる。
そのセブナが剣を振りかぶり躍りかかってきた。イエナは横飛びに転げるように避けた。その刹那遠くで剣を振るうセブナの姿が見えた。
イエナは立ち上がり走った。土埃を上げて立ち止まり、一回転し、また走った。偽物のセブナが見えた瞬間、大地を蹴り大上段に斬りかかった。
手応えを残し、二つに割れた真っ黒い塊が地を這うように飛び散った。

「おじちゃん、大丈夫だったぁ?!」
遠くで声がする。先ほどのあの声は本物のセブナだったのだ。
「セブナ、見えるのか?!」
「見えるよ、ほとんど見える!」
何という眼力、何という能力。
「セブナ! 今どれぐらいいるんだ」
「多分4人の手の指ぐらい! でも、斬っても減らない! おじちゃん後ろ!」
屈み込んだイエナは振り向きざまに地から天に向けて剣を振り抜いた。しびれるような手応えを残して黒い塊が宙を舞った。

朝に始まった闘いは、昼が過ぎ夕が訪れても終わらなかった。相手は斬っても払っても一向に減っていく様子がないのだ。
朝に闘った者は昼までイシュリムの結界の中で休み、午後に再び闘う。昼前に闘った者は午後に休み夕に再び闘う。
「引き上げろ! 村へ入るのじゃ!」イシュリムの声と共に村へと向かって走る。その時は結界で休んでいた者がしんがりとなり、夕闇の迫る虚空を切り続ける。

村に帰り着いたのは19人だった。最初に斬られた二人以外に戦闘で二人がやられたことになる。夜の内にかがり火を持った男たちがその亡骸を回収して土に埋めた。

「もっと灯りを焚け」イシュリムの声に応じて、村のかがり火が夜空を焦がすように赤々と燃える。
「イシュリム様、斬っても数は減りません。我らに勝ち目はあるのでしょうか」イエナは心底の恐怖からイシュリムに尋ねた。
ひとりの男が魔物と対峙して剣を振るうさなか、前方に血飛沫を上げながら斜めに切断された瞬間を見た。そう、姿も見せず気配さえ感じさせず、後ろからいきなり斬り込まれたらひとたまりもないのだ。数としては二人がかり三人がかりになられてもおかしくはない。
「確かに増えてくる。だが、斬った分だけ確実に減っておる、だからこそネイトンたちは勝利したのじゃ。真に強いものはそれほど増えぬもの、弱いからこそ数を頼む、虫や生き物と同じじゃ、イエナよ恐れるな」
「有効な闘い方はないのでございますか、ネイトンはどう闘ったのでございましょう」
「イエナよ、あればとうに教えておる。昔の勇者と肩を並べるのは一握り。明日も被害が出るであろう」イシュリムが苦い表情を浮かべた。
頼るは己の精神力と腕一つ。イエナは分かりましたと呟いてテントに向かった。

「おじちゃん、あたしを斬ったんだって?」セブナが笑いかけてきた。
「誰に聞いたんだい?」
「クロンのおじちゃんに。でもね、あたしはそんなに近づかないから、剣を構えて不自然に近づいてきたら絶対あたしじゃないよ。構わず斬って」
「分かったよセブナ。それに私は、お前を斬るほどの腕はないという当たり前のことに、今気がついたよ」イエナは微笑んだ。
「そんなことないよ、おじちゃんはなかなか強い。あたしの父さんといい勝負をするかも知れないよ」笑ったセブナは、じゃね、もう寝ると走り去った。

先ほどまで闘っていた男たちが大地に横たわっている。
「スベラ殿大丈夫か?!」イエナはそばに屈み込んだ。
「ああ、イエナ様、ほんのちょっと疲れているだけにございます」スベラは軽く微笑んだ。立ち上がる気力も体力も残っていないのだ。それほどまでに過酷な闘いだった。そしてこれは、まだ初日だった。

イエナの腕と肩は火照り、骨には斬って捨てた衝撃が残っている。シェリがそれを濡らした亜麻の布で冷やしてくれていた。
今日はセブナに続いて、父を斬り、母を斬った。
「お疲れでございました。イエナはお父様を斬ったのでも、お母様を斬ったのでもございません。魔物を斬ったのでございます。お気に病まぬようにしてくださいませ」
確かにそうだ。しかし、斬られた瞬間、どちらも悲しい顔をした。母などは剣ではなく、湯気の上がる椀を両手で捧げるように持っていた。飛びかかり、それを斬ったのだ。
父母の最期を看取っていないイエナにとって、その幻想は真実味を帯びていっそう心に重かった。イエナは隣に眠る我が子の頬を撫でた。

その時だった。腹に響くような叫び声が村に轟(とどろ)いた。来た、ついに村の中にも魔物がやってきた。
「シェリ、子を抱きなさい」イエナは剣を手にテントの外に飛び出した。そこには胴を真っ二つにされ、内臓が飛び出た切り口から血を噴き上げる男がいた。片方を大地にもう片方を木の枝にぶら下げた男は果てていた。

「イシュリム様! ティエン殿! セブナ!」呼びかけに声は返ってこなかった。イエナは剣を抜き走った。
「スベラ殿! クロンどこにいる!」
イエナはかがり火の燃える中を走った。やがて広場に男たちが固まって剣を構えているのが見えた。
男がひとり剣を振りかぶり躍りかかる。その剣は空を切った。走り込んだイエナは見えない敵に切り込んだ。だが手応えはなかった。


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