福岡の内科外科院長のブログ

福岡の内科外科院長のブログ

福岡の内科外科院長のブログです。医療の事はもちろん、日々のクリニックでの出来事など投稿します。

健康診断の結果表を手に取ったとき、多くの人が「血糖値」や「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」の数値に目を留めます。判定に「要再検査」や「要指導」の文字があったとしても、今の自分に痛みがあるわけでも、喉が異常に乾くわけでもない。そんなとき、「次の健診までに少し甘いものを控えれば大丈夫だろう」と、結果をそっと引き出しにしまってしまう方は少なくありません。

しかし、一般の内科・外科医として、また救急外来や消化器外科の現場で幅広い訴えを持つ患者さんを診察してきた経験から申し上げます。「痛みがないからこそ、今のうちに向き合うこと」こそが、あなたの未来の自由を守る唯一の方法です。

糖尿病は、自覚症状が出にくい一方で、一度進行すると全身の血管にダメージを与える「生活習慣病」の代表格です。本稿では、医師としての視点から、血糖値が高い状態が体に何を及ぼすのか、そしてどのように「上手に」この病気と付き合っていけばよいのかを詳しく解説します。

 

1. 血糖値が高いとは、どういう状態か? ―― 血液が「ベタベタのシロップ」に

血糖値が高い状態を理解するために、私たちの血液を「道路」、糖(ブドウ糖)を「燃料」に例えてみましょう。

本来、食事から摂った糖は、インスリンというホルモンの働きによって細胞という「工場」に運ばれ、エネルギーとして使われます。しかし、この仕組みがうまく働かなくなると、燃料であるはずの糖が道路(血管)に溢れかえってしまいます。

血液中に糖が過剰にある状態は、いわば「血液がベタベタのシロップ状になっている」ようなものです。

  • ベタベタした血液は、サラサラと流れることができず、細い血管を詰まらせます。
  • 糖そのものが血管の壁を攻撃し、内側からボロボロに傷つけていきます。

これが長期間続くことで、全身の至る所で「血管の老化」が進み、重大な合併症へと繋がっていくのです。

 

2. なぜ「自覚症状」がないのに治療が必要なのか ―― サイレントキラーの罠

糖尿病の最も厄介な点は、「かなり悪化するまで自覚症状がほとんど出ない」という点です。

かつて私が救急外来を担当していた際、突然の意識障害や、激しい胸の痛み(心筋梗塞)で運ばれてきた患者さんが、実は重度の糖尿病を放置していたというケースに何度も遭遇しました。彼らの多くは、「これまで特に調子が悪いところはなかった」と口にします。

自覚症状がないからといって、体が無事なわけではありません。むしろ、「無症状の期間に、血管は着実に蝕まれている」のです。糖尿病の本当の怖さは、数値そのものではなく、その先に控えている「合併症」にあります。

  • し(神経): 手足のしびれ、感覚の麻痺。ケガをしても気づかず、最悪の場合は切断が必要になることもあります。
  • め(目): 網膜の血管がボロボロになり、視力が低下したり失明したりします。
  • じ(腎臓): 血液をろ過する機能が失われ、人工透析が必要になります。

これらは一度失われると取り戻すことが難しい機能です。だからこそ、「何だか調子が悪い」と感じる前の、今この瞬間の対策が重要になります。

 

3. 「甘いものを食べていないのに」という疑問に応える

診察室で「甘いものは控えているのに、どうして血糖値が上がるのか」と聞かれることがあります。確かに糖分の摂りすぎは原因の一つですが、それだけではありません。

  • 体質と遺伝: 日本人は欧米人に比べ、インスリンを出す力が元々弱い傾向にあります。
  • ストレス: 強いストレスを感じると、体はそれに対抗しようとして血糖値を上げるホルモンを出します。おしゃべり好きな医師であれば、あなたの日常のストレスについてもじっくり伺いたいところです。
  • 加齢: 年齢を重ねると代謝が落ち、糖を処理する能力も自然と低下します。

「自分の努力が足りないからだ」と自分を責める必要はありません。大切なのは、「今の自分の体が、糖をうまく処理しきれていない」という現状を認め、適切なサポーター(医師)と一緒に作戦を立てることです。

 

4. 糖尿病と上手に付き合う「3つの柱」

糖尿病の治療や予防は、決して「禁欲的な修行」ではありません。一生続けていくためのコツは、無理のない範囲で生活を「整える」ことにあります。

食事の「順番」と「時間」を工夫する

「何を食べるか」も大切ですが、「どう食べるか」を変えるだけでも効果があります。

  • ベジファースト: 最初に野菜(食物繊維)を食べることで、糖の吸収を緩やかにします。
  • ゆっくり噛む: 脳が満腹を感じるまでには時間がかかります。早食いは血糖値を急上昇させる最大の敵です。
  • 「ながら食べ」をやめる: スマートフォンを見ながらの食事は、満足感を得にくく過食の原因になります。

運動は「食後30分」に散歩から

激しい筋トレは必要ありません。血糖値が最も上がりやすい「食後30分から1時間」の間に、15分〜20分程度歩くのが最も効率的です。 「掃除をする」「遠くのコンビニまで歩く」といった、日常の動きで構いません。無理なく続けることが、筋肉の「燃料消費能力」を高めてくれます。

「睡眠」を大切にする

「眠れない」「夜中に目が覚める」といった不定愁訴は、血糖コントロールに悪影響を与えます。十分な睡眠は、血糖値を下げるインスリンの働きを助けます。もし眠りに関する悩みがあれば、それも立派な相談内容です。

 

5. 薬物療法 ―― 「一度飲み始めたら一生」ではない

お薬が必要だと判断されたとき、「一生飲み続けなければならないのか」という不安を感じるかもしれません。

しかし、現代の糖尿病治療薬は非常に進化しています。膵臓を休ませてあげるため、あるいは心臓や腎臓を保護するために、一時的にお薬の力を借りるという考え方が主流です。生活習慣の改善によって数値が安定し、お薬を減らしたり、卒業できたりする方も実際にいらっしゃいます。

お薬は「罰」ではなく、あなたの「血管を守るためのメンテナンスツール」なのです。

 

6. 医師はあなたの「伴走者」です

糖尿病の管理は、長距離マラソンのようなものです。一人で走り続けるのは大変ですが、隣で一緒にペースを考えるパートナーがいれば、景色を楽しみながら進むことができます。 「趣味の話」や「最近のちょっとした出来事」を話しながら、あなたにとって無理のない、あなただけの「健康プラン」を一緒に作っていきましょう。

 

7. 受診のタイミング ―― 「相談だけ」でも大丈夫

「血糖値が高いと言われたけれど、どうすればいいかわからない」 そんなときは、検査結果を持って一度お越しください。

  • 再検査が必要かどうかの判断。
  • 現在の血管の状態のチェック。
  • 食事や運動の具体的なアドバイス。

「怒られるんじゃないか」と心配する必要はありません。私たちは、あなたの「今」を責めるためにいるのではなく、あなたの「未来」を守るためにいるのです。

 

「糖尿病」という言葉に、暗いイメージを持つ必要はありません。それは、あなたの体が発してくれた「もっと自分を労わってほしい」という優しいサインです。

10年後、20年後のあなたが、好きな場所へ旅をし、美味しいものを味わい、大切な家族と笑い合っているために。今のあなたがほんの少しだけ自分の血糖値に興味を持ち、生活を整える一歩を踏み出すこと。それこそが、未来の自分への最高の贈り物になります。体のことで困ったことがあったら、いつでも相談してください。