茨木のり子詩「わたしが一番きれいだったとき」
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
ね
全部書き写してしまいました。
今週で終わる朝ドラ「あんぱん」で、三人姉妹の末娘メイコちゃんが戦後、
「わたしが一番きれいだったとき、戦争でおしゃれができなかった」
というように言っていたと思います。(たぶん…)
あ、茨木のり子さんだ、と思いまして。
「あんぱん」は戦争をこれでもかと描いていました。
登場人物たちはそれぞれ戦争を忘れず、考え、語らねばと思っていました。
私たちも、知らないことだけど、知らなければいけないし、考えて、語って行かなければいけないのでしょうね。
義母は昭和5年生まれ、終戦時15歳。
まさにこの詩のように、一番キラキラ笑っていたい時に戦争だったのでしょう。
義母の家を片付けた時、次から次へとあちこちからたくさんの洋服が出てきました。
一番着飾りたいときにできなかったことだから、後年お買い物好きと言われてもしかたなかったか…
夫は最後にはそう納得していました。