空気は冷たかった。
お正月のバーゲンセールで買った黒いコートをスーツの上から羽織り、友達が迎えに来るのを待った。
時間に少し遅れて友達が到着し、車に乗り込んだ。
車内ではGLAYだとかL'Arc-en-Cielだとか当時流行っていた曲が流れていた。
友達は濃紺のコート・黒に青ストライプのスーツを着て白いシャツにまた青っぽいネクタイを締めていた。
中学高校とあまり目立つ存在ではなかったが、自分はアルバイト先で貰ったピンク色のエルメスのネクタイを付けて行きたかったので、敢えて濃い紫のシャツに黒スーツという格好で会場に向かった。
勿論当時は大学生だったし、友達からは、何か危ない世界に足を突っ込んでるんじゃないかと心配された。
会場に着くと、もう大多数のスーツ姿や振り袖姿の成人を迎えた男女で溢れていた。
彼らは中学・高校校時代の同級生を見つけては昔話に華を咲かせていた。
自分たちも中学時代の同級生を見つけて、あぁだったこうだった、今はこうでこうだと開場時間までの短い時間を楽しんだ。
中にはシルクハットにアフロのカツラをかぶり、赤いシャツに銀のネクタイを締めた悪ふざけ的な奴や、羽織り袴で一升瓶と升を持ち皆に酒を振る舞って皆の注目を集めている奴もいた。
女の子達は皆綺麗にお化粧をしていてとても可愛いかった。
中学高校一緒だったあの子を見つけて、当時のクラスメートで輪を作り、その後の彼や彼女の関係を探りあった。
振り袖姿に赤ちゃんを抱いていた子には皆が度肝を抜かれた。
中学時代しか知らない人達は当時の彼女しか知らないし余計にビックリしていた。
高校時代の3年間は色んな人を見た目から変えてしまう。
大人に近い人達が色々影響をもたらすのだろう。
アルバイトをしていたり、制服姿で高校の判別が出来る為、軟派な大人達に声をかけられたりするだろう。
そういう中でファッションセンスが磨かれたり、親には内緒でセックスしたりするだろう。
会場で子供を連れていたのは見渡す限りでは彼女だけだった。
自分は中学時代の塾でも、高校3年のクラスも彼女と一緒だったから急な変化という驚きは差ほどなかった。
自分はどちらかというと、親元を離れ金沢に来てからの約2年の大学生活で変貌を遂げた。
全て自分でやらなければいけないかわりに、全てが自由だったところがそうさせたのだろう。
今の自分しか知らない人は、高校までの自分に会わせたい。
どう見ても当時の自分の方がまともな人間だったと思えるからだ。
開場のアナウンスが流され、続々と場内に人が詰まった。
壇上には当時の市長が祝の言葉を述べようとしていた。
場内には五百人をゆうに越えると思われる数の人々がいたが、一人残らず動きを止めて、真剣な顔つきで話に耳を傾けていた。
まるでこれから何か、自分達の運命を左右する重大な発表が行われるみたいだった。
チャラチャラしていた奴等も大人しくなっていたのには少々苛立ちを感じた。
自分は誕生日を迎えていて二十歳になっていたし酒やタバコは以前から嗜んでいたが、「大人」になったという実感はあまりなかった。
そこにいた数百人の新成人達の殆どがそう思っていたに違いない。


あれから10年が経った。
長いようだが、思い返してみるとあっという間だった気がする。
こんなに昔の事を鮮明に思い出せるし、それまでに積み上げ、それまでに培ってきた事を抽斗から簡単に取り出せるからだ。
人生もって80年とよく言われているが、一番楽しめる20歳~30歳の10年を振り返ってみても今より楽しんだ記憶が上手く浮かんでこない。
30歳になって色々考えないといけない事が増えた。

二十歳の時に市長に促され心に誓った大人としての責任やあれこれをもう一度深く胸に刻み生きて行く事を決めた。
大事な事を決める選択の日で、上手くやり切れるのは下弦の月の日だったという事が多い。
幸い今夜は下弦の月だ。
明日は1つの区切りを付ける大事な日になる。
夜明けまで起きていて、色々な選択肢を見つけるのもよし。
明日に備えてゆっくり身体を休めるのもよし。といったところだ。
夜はまだまだ長い。
部屋に入りテレビをつけて考えることにする。
目覚めたらそれはすごくいい天気だった。
久し振りに快晴に恵まれた気がした。
実際は地元で晴れを体験してきたので大して久し振りではなかった。
三重県の実家よりも長く居る石川県のこの部屋から見る空では久し振りということだ。

顔を洗いベランダに背を向けて座り本を開いた。
黒いスウェットを着ている分、余計にジリジリと背中が熱くなっていくのを感じた。
実家から持って来たコーヒーメーカーでブルーマウンテンのコーヒーを作り飲んだ。
酸味も少なく香り豊かで、太陽の暖かい光が追いついていない冷たい床に座っていても身体中が直ぐに温かくなった。

ここ数日の間、自分の中にモヤモヤした何かが溜まっているのを感じる。
原因はハッキリしているが、解決する術を知らなかった。
誰に聞く事も、誰かに助けを求める事も出来ないということも解っていた。
ただ、真実が明確になるのをひたすら待つしかなかった。
もの凄く時間がかかるかもしれないし、5分後には解決できるかもしれない。
ただそれは自分の努力や行動力だけではどうにもならない事も明確だった。


雲が増えてきて、太陽の光を遮る時間が増えた。
一瞬暗くなると、その瞬間に冷たい風が身体を通り抜けた。
BGMで流している曲に耳を傾けた。
幼い頃泥だらけになって遊んだ記憶が蘇った。
そこには夕日の紅も空の蒼も山の碧もなかった。
ただセピアに褪せた色だけだった。
山の頂上か、草原の真ん中か、海に向かう断崖絶壁の岩場で思いっきり叫びたかった。

昼が近い。
今日は長くなるような気がしたので、本を閉じ、温かく包んでくれる太陽に身を任せてしばらく休むと決めた。