前野健太『ハッピーランチ』 | 佐藤良成オフィシャルブログ「佐藤良成のCD原人」Powered by Ameba

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同時代の日本の音楽を聴かずに育ったミュージシャンが、ふと人の作品を聴いてみると、そこは宝の山だった! 音楽シーンの知識ゼロ。チャートの知識もゼロ。ナタリーも音楽雑誌も読まない、J-POP的には原始人と言っていい男が綴る、CDレビューブログ!

felicity[スペースシャワーネットワーク]
PECF-1082 ¥2,500+税
2013年12月11日発売


ねえタクシー この街で一番
綺麗なところへ 連れてって


前野氏のアルバム『ハッピーランチ』の1曲目「ねえ、タクシー」の出だしの1フレーズです。たったこれだけの言葉で、この言葉を発したのが女で、けばけばしい格好に派手な化粧、何かに傷ついているか、もしくは少し自棄になっていて、時間は夜、それもわりと遅い時間、雨が降っていて、繁華街を流すタクシーを捕まえたところ等々と、聴き手の頭に情景が広がり、主人公の像が浮かび、物語が始まっていきます。

たったこれだけの言葉でと書きましたが、実は、演奏やミックスといったサウンドによる力も大きいように思います。湿った音色で叙情的なコードを奏でるピアノ、歌に遠慮することなくリズムを刻み曲を押し進めていくドラム、控えめながら艶やかな低音を効かすベース、バックコーラスにかかる深いエコーなど、それらのサウンドが一体となって、雨に濡れた夜の繁華街の空気や、賑やかさに隠された哀しみ、主人公の心模様を、巧みに描き出していると思うのです。そして、おそらく前野氏による演奏と思われる、少しチューニングが甘く、細くて貧相な音色のエレキギターの響きも、このバンドのアンサンブルの中では、街の猥雑さや心のささくれた感じを演出する的を射た舞台装置に聴こえます。

曲の最後の歌詞、タクシーの運転手が彼女に返すひと言が実に気が利いていて素晴らしいのですが、書いてしまうとネタバレというか興醒めなので、そこは聴いてのお楽しみということで。