一方的な愛 | インドアな日常

インドアな日常

ヤフブロから引っ越してから放置も早3年…。インドアをこよなく愛するおじさんの日常を記します。

生後2ヶ月を過ぎ、慣れもありますが大分自分の時間が取れるようになりました。

この頃から、時々笑うようにもなります。
笑顔は親からもらうものだと教わった記憶がありましたが、遺伝子に組み込まれた
プログラムであったとは驚きです。
これから潜在している「怒」の部分も現れるであろうから楽しみ。

2ヶ月で「アブ」や「ever」のような言葉もしゃべるようになりましたし、将来は
ホビー好きな国家公務員かな等と期待を膨らます日々。
一日一日が成長期なので、見逃せない毎日であります。

家に帰る頃にはどっぷり疲れていることもございます。
それでも可愛さ余って、余力無いところから力振り絞ってトトロの曲に合わせて
ダンシング。
今のうち脳内にトトロの曲を植え付け、数年後映画を見せたとき
「あ この曲聴いたことがあるような気がする・・・。」とフラッシュバック
させる計画です。

それはともかく、最近思うのですが父親と母親の愛情の違いは大きいです。
大きいというより種類が違いますね。
確かに子供は可愛いですが、自分の体から分裂してできた子供ではございません。
遺伝子サポートから始まり、育成の過程でも母親のサポーターとしてどこまで
支援できるかに留まるわけでして。
父親も自分同様の愛情を子供に持っているはずだから、自分同様に子供が可愛い
はずだと思い込むと、そこにギャップが生じる可能性がございます。

母親の愛に叶うわけございませんし、母親より自分になついて欲しいとも思わな
いですね。
毎日片時も離れず子供と接しているのに、自分より好きな人がいるわけがないと
母親は思うはずです。
だから他人に笑いかけるわが子を見て嫉妬したり、相手にあって自分に無い所を
模索したりする。
父親はそこんところの気持ちが少ないような気がします。
人に笑顔で接してくれるわが子が愛らしいのみ。

私の場合、自分が楽しんでいるだけなんですね。
自分を人間とも父親とも認識してくれない事の方が、気を使わないで済むので
楽しいんです。

これからどうなっていくやら楽しみですが、父親は子供に対する深い愛情よりも
責任や義務で養っていかなければならないという意識の方が大切ですね。
ご飯食べないと大きくならないわけですから(;;)

ここんところ子供の話ばかりなので、次回より自分を再生する話題に戻ろうかと
思っております。
段々手がかからなくなってブログもこうやって書けるようになったわけですから
趣味もできるはず(☆_☆)

さて、今日のあんちくしょうは「アルストニー」
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友人よりプレゼントされ3年ほど経ちましたが、蕾を付けても重くてうな垂れ
花を咲かせず蕾を落とすことが多かったのですが、今年は非常に頑張っており
ます。

成長が遅くこの株で8年ぐらい経過しているとのことで。
まだ2cmほどですが、これで成熟株。花は5mm~1cmぐらい。
白色、桃色、紅色の3色あり、メデューサのように不気味な茎をニョキニョキ
伸ばしますが、結構お気に入り。
最大級ってどのぐらいだろう?の疑問から、今後も大切に育てていきたい一品
です。