先週は金曜日から日曜日まで、セミナーの開催をお手伝いしていました。
普段の仕事に加え、土日が無くなるので、身体的にはシンドイですが、精神的には良いことでした。
もちろん、細かい内容等は記載は出来ないのですが、とある受講生の方から感じたキーワードが
「与えられた幸せ」
でした。
今の若い世代の方は、親からの愛情過多になっている方が多くいらっしゃいます。
私の普段務めている、「いわゆる優秀」な方が集まり易い会社の新人の方はそういった方が非常に多いと感じます。
彼らは、一見とても楽しんでいるように見えます。
沢山のFacebook上での友達を持ち、土日は旅行へ行き、夜は飲み会へ出かけます。
仕事も出来ない訳ではありません。
ところが、それらのほとんどが「人から与えられた」幸せのように見えます。
本当に、彼らは日々を楽しんでいるのでしょうか?
---
「あなたの夢はなんですか?」
そう聞かれた時に、
・私の歌声は人を感動させるので、華々しくデビューできなくても歌手になりたい。
・私はプロのサラリーマンとして、働いている企業の売上を5年後に2倍にしたい。
・独立起業して、今まで誰もスタートしなかった事業を収益化したい。
これらは、「自分は主人公」の状態ですよね。
・海外旅行いって、楽しみたい。
・美味しいものを山ほど食べたい
・働かなくていい状態になる。
これらも楽しむのは自分なんだし、一見「自分は主人公」のように見えます。
しかし、本当にそうでしょうか?
これらの3つの例は「他の人・モノから何かをもらおうとしている」 = 「他人が主人公」の状態に見えませんか?
「与えられて生きる人生」 = 「他人が主人公の人生」
「与えて生きる人生」 = 「自分が主人公の人生」
だとしたら、あなたは今どこにいるんでしょうか?
自分を人生の主人公にしてあげると、以下のような変化が置きます。
・自分に自信が出る
・周りの目が余計なことで気にならなくなる(Selfishになる、というわけではないです。)
・成果が手に入る
・人から感謝される
・生きがいが生まれる
---
話を戻すと、
「沢山のFacebook上での友達を持ち、土日は旅行へ行き、夜は飲み会へ出かけます。」
この状態、誰に何を与えているんでしょうか?
ちなみに、このレベルで仕事している社員は、会社にとっては「モノ」です。(特に外資なので。)
「金払った分だけ、結果を出すロボット」と変わりはないのです。
自分の夢を持ち、「与える人生・自分が主人公の人生」を生きていれば、
社会情勢がどのようになれ、気にすることは少ないでしょう。
過保護な時代に育ったから悪いのではなく、
せっかく何でも与えられるなら、「周りのためになるチャレンジ」を果敢にし、
今までもらった分以上を人に与えられる人に・・・
私はそんな人を沢山育てて行きたいな、無論自分自身がまずはその鏡になるんだ、
そう思って日々を生かせていただいています。
※注
ちなみに、「与えられる喜びを知る」ことは、生きていく上で欠かせない要素です。
一昔前の方は「与えられる喜び」を知らない方が多く(30後半~)
「意地を張っている、頭が固い、優しさがない、人を馬鹿にする、冷たい」
等の悪影響を外部に与えます。
「与える喜び」は「その後の与えられる喜び」とセットです。
どちらか一方に偏る、というのは基本的には何かおかしいのです。
「上手な与えられ方」 = 「自分を大切にすること」
これも大事なスキルなので、そのうちに記載できればと思います。
また人は「与えられて、与える」というふうに私は考えています。
(すなわち、先払い)
なぜか。 「あなたは生まれる前にお父さん・お母さんに何かしましたか?」
普通の方は「NO」でしょう。
頂いた命、ですから、まずは「与えられて生まれてくる」というところからスタートしていると、
私は考えています。
与えられた(債務を抱えている)状態なのですから、きちんと返して行きたいですね。
りょう
普段の仕事に加え、土日が無くなるので、身体的にはシンドイですが、精神的には良いことでした。
もちろん、細かい内容等は記載は出来ないのですが、とある受講生の方から感じたキーワードが
「与えられた幸せ」
でした。
今の若い世代の方は、親からの愛情過多になっている方が多くいらっしゃいます。
私の普段務めている、「いわゆる優秀」な方が集まり易い会社の新人の方はそういった方が非常に多いと感じます。
彼らは、一見とても楽しんでいるように見えます。
沢山のFacebook上での友達を持ち、土日は旅行へ行き、夜は飲み会へ出かけます。
仕事も出来ない訳ではありません。
ところが、それらのほとんどが「人から与えられた」幸せのように見えます。
本当に、彼らは日々を楽しんでいるのでしょうか?
---
「あなたの夢はなんですか?」
そう聞かれた時に、
・私の歌声は人を感動させるので、華々しくデビューできなくても歌手になりたい。
・私はプロのサラリーマンとして、働いている企業の売上を5年後に2倍にしたい。
・独立起業して、今まで誰もスタートしなかった事業を収益化したい。
これらは、「自分は主人公」の状態ですよね。
・海外旅行いって、楽しみたい。
・美味しいものを山ほど食べたい
・働かなくていい状態になる。
これらも楽しむのは自分なんだし、一見「自分は主人公」のように見えます。
しかし、本当にそうでしょうか?
これらの3つの例は「他の人・モノから何かをもらおうとしている」 = 「他人が主人公」の状態に見えませんか?
「与えられて生きる人生」 = 「他人が主人公の人生」
「与えて生きる人生」 = 「自分が主人公の人生」
だとしたら、あなたは今どこにいるんでしょうか?
自分を人生の主人公にしてあげると、以下のような変化が置きます。
・自分に自信が出る
・周りの目が余計なことで気にならなくなる(Selfishになる、というわけではないです。)
・成果が手に入る
・人から感謝される
・生きがいが生まれる
---
話を戻すと、
「沢山のFacebook上での友達を持ち、土日は旅行へ行き、夜は飲み会へ出かけます。」
この状態、誰に何を与えているんでしょうか?
ちなみに、このレベルで仕事している社員は、会社にとっては「モノ」です。(特に外資なので。)
「金払った分だけ、結果を出すロボット」と変わりはないのです。
自分の夢を持ち、「与える人生・自分が主人公の人生」を生きていれば、
社会情勢がどのようになれ、気にすることは少ないでしょう。
過保護な時代に育ったから悪いのではなく、
せっかく何でも与えられるなら、「周りのためになるチャレンジ」を果敢にし、
今までもらった分以上を人に与えられる人に・・・
私はそんな人を沢山育てて行きたいな、無論自分自身がまずはその鏡になるんだ、
そう思って日々を生かせていただいています。
※注
ちなみに、「与えられる喜びを知る」ことは、生きていく上で欠かせない要素です。
一昔前の方は「与えられる喜び」を知らない方が多く(30後半~)
「意地を張っている、頭が固い、優しさがない、人を馬鹿にする、冷たい」
等の悪影響を外部に与えます。
「与える喜び」は「その後の与えられる喜び」とセットです。
どちらか一方に偏る、というのは基本的には何かおかしいのです。
「上手な与えられ方」 = 「自分を大切にすること」
これも大事なスキルなので、そのうちに記載できればと思います。
また人は「与えられて、与える」というふうに私は考えています。
(すなわち、先払い)
なぜか。 「あなたは生まれる前にお父さん・お母さんに何かしましたか?」
普通の方は「NO」でしょう。
頂いた命、ですから、まずは「与えられて生まれてくる」というところからスタートしていると、
私は考えています。
与えられた(債務を抱えている)状態なのですから、きちんと返して行きたいですね。
りょう