家に引きこもってから早二カ月。来る日も来る日も同じ机の同じ椅子に座って勉学に励んできた。小・中・高校と勉強というものから逃げてきた私は、高等教育を受けたる一般庶民たるに相応しい知識というものが欠落している。ゆえに欠落したリンゴのロゴが自慢のアップル社の製品に非常に心惹かれるのであろう。ということで、スティーブジョブズとのお別れも惜しまず、その知識の欠落を埋めんがため、ここ二月の間、漢字や英単語、簡単な数学といった一般教養に励んでいる。カタい椅子に長時間座っているため、もはやお尻は石のようにかたまりカビが生えてしまったかのようである。

 

 そのような中、唯一の楽しみは、寝る前にスマートフォンをつかって動画サイトを見ることである。にんまりと不気味ににやつきながらブルーライトを浴びる不健康さには、過労ぎみのスティーブジョブズも舌を巻くであろう。

 時に、一日の勉強に精を出しすぎ、いざ癒しの時を過ごそうにも、あまりの疲労にうつらうつらと舟をこぎながら動画を見ていることもある。そして先日、舟をこぎに漕いだ結果、沖合まで流され、太平洋のように広大かつ深大な睡眠という大海に難破してしまった。動画は自動再生なされたまま一晩を過ごしたのである。悪いことに、それは充電しながら行われたがゆえに、バッテリーがいかれてしまったようである。

 

 これでは仕事の大事なメールも受け取れない。このままではまずいと思った勤勉な私は、すぐさま携帯ショップに行って機種変更試みた。修理に出しても良かったが、この自粛中、どのアップルストアも営業停止中であったのだ。

 熱心に月々の料金を説明する営業マンのさわやかさと漢字の良さに惹かれ、その場で機種変更をした。念願のI phone11である。

 

話は逸れるが、携帯代金というのは恐ろしい。電気でも冬場ももっとも高くつく時期でさえ七千円程度である。それが、携帯ではなんと月々一万円近くするのだ。しかし、インターネットに包まれて生きる現代人にとり、スマホはあまりにも必要物。それゆえに一万円を下回っていれば、すんなりと許容できてしまうのが恐ろしい。

 

 そんなわけでぴかぴかのI Phone11に心を躍らせていたのである。以前のI Phone8よりも一回り大きくなった本体は手になじまなかったが、その扱いづらさが新しいもの特有の存在感を感じさせる。光沢のある黒の背面はつややかで、最近歳を取ったことを感じさせるほど乾燥した我が掌(たなごころ)には滑りやすい。しかしそれがまた新品らしさを感じさせる。大きな液晶も驚くほどきれいで、そのきれいな液晶で動画を再生すると、音声もクリアかつ重厚であった。すばらしい。

 

そんな新たなI Phoneを手に入れた翌日、仕事の帰りに本屋さんによった。時短営業で閉店まじかの中、店員に急き立てられながら店を出た私は、雨に濡れた歩道を歩きながら、ふとポケットからI phoneを取り出そうとした。すると、いまだ手になじまないI phoneは、その巨体をひょんと弾ませ、私の手から飛び出した。私はあわてて手を伸ばして宙を舞う相棒をキャッチしようとしたが、その甲斐むなしく、私の小さく乾燥した掌をワンバウンドして地面に落下した。それも、液晶部分がコンクリートに激突し、そのまま液晶をこすりながら道路のわきへ飛んで行ってしまった。その結果、彼の輝かんばかりの美しい液晶は見る影もなくなり、ブラウン管テレビにうつるドット絵のような画素数に成り下がり、ふと見れば一見粗雑な木目のような謎の線まで下りている。液晶以外の部分は、まるで私を銃弾から守ってくれたかのような深い傷を負い、破損。砕けてさえいた。

 

かくして私は、二日でI Phoneを二つも破壊してしまったのである。もはや伝説であろう。Iphoneクラッシャーである。スティーブジョブズも天国でびっくりしているであろう。喜んでいるのは市場を奪われたサムスンくらいであろう。