地下鉄有楽町駅を駆け足で上り、地上に出ると、すでに夜8時を過ぎていた。



Pさんからの電話を2回無視していた。全く気付かなかったのだ。



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会う、と決まっていたのだけれども、時間や場所は当日、仕事が終わってから電話をすることになっていたので、

着信履歴を2回残されていたのに気づいたとき、慌てふためいた。


地上に出てから、一呼吸おいて、Pさんに電話をかける。






あぁよかった、ちゃんと繋がる。

繋がったという安心感で、会話がきちんとできる。



15分後、日比谷公園の近くにて 再会。


お互い笑顔、と思いきや、Pさんはだいぶお疲れのご様子。


聞けば、やはり休み明けのハードワークと、休み中にいっぱい遊んだことでの喪失感(5月病みたいなもんか)。

それと、やはり時差ボケに苦しんでいる、とのこと。



新橋界隈の居酒屋にて(居酒屋は本望ではなかったが、一方でJOAにも希望のお店はなかったので)

日本酒を少し嗜み、軽くご飯を食べながら、正月休みの近況報告。



間近でPさんの顔を見ながら、話をしながら、食事をしながら、お互いに手を握り合っている。


どちらからともなく、ぴったり寄り添っている。



お互いに好きなのかもしれない。


でも、Pさんには、永年付き合っているCさんがいる。


やはり、JOAとPさんの間には、それ以上は ないのだ。




わかっている。


でも、わかっていても、わかっている以上の何かを期待してしまっている。


そして、何かをどれだけ期待しても、何も起こらない。



何が起こっても、それは周りの何も変えられないことだ。



無力感?


喪失感?



それさえもわからない。


ただ、今、この場に一緒にいて、楽しい時間をすごしていることに、心が踊っているだけ。





だから、軽い食事を済ませた後、彼の家を訪れて、激しくお互いを求めあって お互いの究極に達して


ある種の達成感が心に残ったけれども、


愛おしさとか 無限の愛の芽生えとか、意識的に頭から消し去ろうとした。



他の誰かとのセックスとは 明らかに違う。


感情があるからだ。



でも、他の誰かとのセックスとは 明らかに違う、虚無感を感じた。


感情の行き場がないからだ。



だから、Pさんから、今日は一緒に眠れない、と言われた時、


一緒にそばに居れないさみしさはあったものの、


それ以上に何も感じられなかった。


ただ素直に、自宅に帰ってこれた。




JOAは怖いのだ。


Pさんへの気持ちが溢れていくことが怖いのだ。


そして、それが現実になったとき、Pさんに拒まれるのが怖いのだ。



JOAはいつだって、自分がいいなと思う人と、相思相愛になったことなんて一度もない。


未だかつて 一度も ない。


これまでに、本当に 人のことを好き って気持ちになったことが、 果たしてあったのだろうか。

それすら わからない。



わからないことだらけ。


暗い自宅に帰ってきて、一人考えた。


自分のことが 何もわからない。


どうしたいのか、どうなりたいのか。どうすればいいのか。


何を大切に思っていて、どう大切にすればいいのか。


何もかもがわからなくなってきてしまった。






Pさんと 週末にもう一度 会うかもしれない。


会って、何か変わるのだろうか。


何かを変えてしまいたいのだろうか。



今のJOAは まったく 面白くない。