イエスさんは生涯を賭けて愛を説かれました。
しかし、この「愛」という言葉ほど、
手垢のついてしまった言葉はありません。
ですから私は「愛」という言葉はあまり好きでは
ありません。
簡単に「愛」がどうのこうのと言う人もあまり
信用出来ません。
「愛」と聞いて何を連想されますか⁉️
即座に
「無償の愛」
と答えた人が何人おられるでしょう。
家族の愛、夫婦の愛、男女の愛、人類愛などを連想
されると思いますが、実はこれらは愛ではなくて
愛情なのです。
ひどい場合は、愛欲なんて言葉もありますよね。
イエスさんが「汝の隣人を愛せよ」と言われたのは
隣人に愛情を持ちなさい、という事ではありません。
愛情というのは感情の事ですから、ころころ変わるのです。
この、「愛」と「愛情」の勘違いから、キリスト教は多くの偽善者をつくってきたのです。
「愛と正義の為に戦う」なんていう時の愛は
本当の愛でしょうか⁉️
愛の為に焼き殺される敵はどうなるのでしょう。
愛は考えるものではありませんよね。
ネイティブアメリカンの教えで「心ある道を行け」
というのがあります。
言い換えると「愛のある道を行け」と同じ事です。
イエスさんも言っておられます。
たとえ私が予言をし、秘密のすべて、
知識のすべてを究めたとしても、
山を動かすほどの信仰を持ったとしても、
愛がなければ、
無に等しい
