遠縁の親戚が、実弟の逝去に伴い
この寺院へ納骨と永代供養をしたい
と言うので同行してみた。

なんでも、この親類の実父が生前に
ここを参拝し、対応の丁寧さに感銘
し、自分の死後は是非ともこの寺院
に納骨して欲しいと言い残し、現実
に納骨したらしく、息子である実弟
も同じように納骨と永代供養をして
やりたいとの事。

訪寺し寺務所で訪寺の目的を伝えると
事前予約無しでは納骨も永代供養も
出来ないとの事。
当然と言えば当然か・・・
親類の実父納骨の折りには予約無し
でも受けてくれたらしいのだが。

ノーアポで突然訪寺した我々に対し
非常に丁寧に対応してくださり、
丁寧に順を追って説明して下さった。
宿坊の団体客が出発する時間帯の
忙しい時間帯であったにも関わらず
帰りは寺の玄関先まで見送って下さる
という丁寧さ。

後日、改めて予約の上で訪寺してみた。
境内に車を乗り入れて駐車しても構わ
ないとの事だったので乗り入れて車を
降りると、寺務長様自らが本堂玄関先
で我々用のスリッパを並べ、着座の上
で『⚪⚪様、お待ちしておりました』
と挨拶を賜った。
応接室へ通され、改めてご挨拶を頂き
お勤めの一連の説明と、こちらの要望
を、丁寧に聞いて頂ける。
聞くというより、一つ一つの言葉に
共感していただき、こちらの不安や
疑問を見事に受容、解決してくださる。

小坊主さんが法要を行う本堂まで案内
してくださったのだが、その案内の
仕方一つとっても、非常に丁寧で案内
を受けているこちらが二つ折になって
お礼を言いたくなるような状態。

法要は約30分、4名の僧侶が読経して
くださり、葬儀告別式よりも有り難い
法要に感じてしまった。
この一連の流れの中で、一度たりとも
費用の事は口にされず、粛々と法要が
執り行われた。
読経後、主座におられた僧侶の方が
こちらに向き直り、深々と頭を下げ
丁寧な挨拶を頂戴した事には再び
驚かされた。

法要後、「本日はお参り、ご苦労様
でした。」と、玄関先まで送られた
ので、『あの・・・お支払は?』と
こちらから声を掛ける状態。
「お布施が未だでございましたか」と
意に介さず寺務所へ案内され、支払い
を済ませた。
この日の帰りも玄関先まで3名の方が
見送りに出てくださり、我々の車が門
を出るまで二つ折になって頭を下げて
見送ってくださった。

世の中に、こんな寺院もあるのか・・・
というのが正直な感想。
親類の親父さんが、納骨を遺言したのも
理解できるような気がする。

観光地化され、檀家が無くても運営が
可能な寺院を幾つも見てきた。
でもこれが本来の寺の姿であるように
感じられた。

我が家は門徒なれど、亡母が信仰
していた弘法大師様のお膝元である
この寺院で、両親の永代供養を
して頂きたいと切に考えている。

跡取りの居ない我々夫婦の納骨、供養
も、こちらでお願いしようか。。。



小学生の頃、貧乏人だった我が家の
小遣いは月に600円。中学で1000円。
あの頃は、年に一回のお年玉を集めて
一万円なんて金額になろうもんなら、
すんげえ金持ちになった気がした。
何でも欲しい物が買える!と有頂天に
なっていた。
高校に入って小遣いは月に一万円にして
もらえたが、好きだったバイクの燃料費
などの維持費に大半の小遣いが消え、
学校の学食でお茶と水を飲んで昼飯代わりに
した事も度々あった。
あの頃は、仕事するようになったら、10万円
くらいを自由に使えるようになるのが目標
だったなぁ・・・
社会人になり、5年くらいしてその目標が
叶うと、今度は100万円くらいの金を自由
に使えるようになるのを目標にしてたのが
仕事のモチベーションの一つになっていた
ように思う。
社会人20年くらいで、何とか2、300万円
くらいなら自由になるようになれた。
次の目標は1000万単位か・・・
そして今、2、3000万くらいなら何とか
自由にできるようになったのは、自分の
頑張りなのか貨幣価値が下がってきた事
によるものなのか。

社会人になりたての頃は、1億くらい
金融機関に預けておけば、利息で生活
できたが、今は利息がついても年に
せいぜい15万くらい。1ヶ月分
の給料にも届かない・・・

金が全てではないのは百も承知。
それでも貧乏人の小倅は、どうしても
金を目標にしてしまう、嫌らしい性
なんだろなぁ。
死ぬまでに億単位の金を自由に使える
ようになれるのかねぇ・・・

20年前、持っていたゴルフ場の会員権
が一晩で紙切れになってしまった。
5000万、1億もってたとしても一晩で
紙切れになる日がくるかもしれんと考える
と、なんか空しくなるなぁ・・・

何でこんな事、考えるんだろか。。。
ちと精神的に疲れてるのかなぁ(-""-;)


今年も秋休みを利用して里帰りを企画し、

ゴールデンウィーク明け早々にツアー予約。

今年はワン公達の世話をしてもらうのが

難しそうだったので、行程を二泊三日とし

旭川は諦めて札幌に二泊としておいた。

旭川は、雪のある12月に一人で改めて

『ひでさんぽ』に行くことにしてね(^^)

んで、神の手と世間話する里帰りまで

あと1ヶ月少しになった先週。

神の手の勤める病院から電話・・・

嫌な予感がした。

ピンポーン❗ 正解です❗

『休診になったので診察日を変更

してくれませんか?』とな。 (ノД`)

去年に続き2年連続・・・

『今年もですか~2年続けてですよ~

まさかテレビの収録ですか?』と、

意地悪く突っ込んでやった (^^;

『とんでもありません!急に手術が

決りまして・・・』とな。

引き下がらずに『へぇ~神の手は、まだ

執刀されてるんですか・・・』と突っ込ん

でやった。

『はい!』と即答しよったが、どこの世界

に65歳を超えて執刀する脳外科医が居る?

人殺すよ(^^;

てなわけで、延期となってしまった。

とは言え、そうそう休みがとれるわけも

なく、仕方なく今年の受診は諦めて

年明け2月に行くことにした。

ほんでも年末に『ひでさんぽ』で旭川へ

行くもんねぇ~

半日かけて旭川まで行き、常盤公園を

散歩して、また翌日に半日かけて帰って

くる。一年に一度の贅沢な散歩。

今から楽しみやわ~(^^)

これで年末まで頑張れる。。。
先日、28日にゴールドウイング

オーナーズツーリングに参加してきた。

いつもはクラブの十数台でのツーリング

だが、今回は九州や四国からの参加者も

含め総勢38台での大所帯ツーリング。


ルートは琵琶湖畔でのBBQからメタセコイヤ

並木を目指し、北陸道を経由しての帰阪。






皆さん、サイドありトライクあり

それぞれ個性的なカスタムを施し

そりゃ、ど派手な軍団移動。

7~8台づつの5つのグループに分れ

各グループには無線機を搭載した先導と

ケツ持ちを配置しての移動。

あたくしは僭越ながら、先導役を仰せ

つかりました。

同じGL乗りとは言え、初顔の方々との

交流は、なかなか新鮮なもの。

バイク雑誌モーターサイクリストの

ライターさんも同行取材され。

我々の大移動は、7月1日発売の同誌に

掲載されるらしい。

日頃のストレス発散ができた事は

言うまでもなし。

企画されたタナカオートセンターさんに

感謝 (^人^)
愚痴というのは、世間一般では

否定的に言われるが・・・

はたしてそうだろうか?

気に入らない事。

不満に思う事。

納得できない事。

その場、その場で口にすると

相手との関係性が悪くなり業務遂行に

支障がでかねない。

だから人は言葉を呑み、行動を抑制する。

そういう不平・不満が何とか消化できて

いる間は良いが、それもそのうち消化不良

が発生し、知らず知らずに心を病んでいく。

愚痴って、それを回避する為の自己防衛手段

じゃないのかなと最近、切に思う。

誰彼なしに愚痴をこぼすのは単なる他者批判

になりかねないが、誰かにただひたすら黙って

愚痴を聞いてもらいたいと思うのは、決して

悪いことではないと思う。

個人的な考え方だけどな。。。

去年は大人しくしていたが

どーも悪い虫は2年続けては

大人しくしてはくれない。

今年またしても新しい花嫁を

迎え入れてしまった (^o^;



男 カワサキ ZZR250

ほんとは世界最速バイクと言われた

ZZR1100を考えていたが、車とバイク

で車検を必要とするのが現時点で5台。

これ以上、車検を増やすわけにはいかない

ので250に落ち着いた。

現行のニンジャも考えたが、どうも

スタイル的に好きになれないので絶版車

であるこのZZRに狙いを付けたのは良いが

絶版から9年が経過している事もあり

なかなか程度の良い中古が見つからない。

散々探した結果、巡り会えたのがこの娘。

2007年モデルと、ちと年増だが何と走行距離

が3500km。

前オーナーが高齢になってからリターンして

新車購入したが、乗車フォームがキツく、

ほとんど乗らずガレージに眠っていたらしい。

残念なのは、60歳近い老ライダー。慣れない

フォームで無理に乗った事で停車寸前に

バランスを崩して転倒したらしく、それに

より、右サイドのリアカウルが割れ、

フロントカウルも若干傷があり下手な

タッチアップをしている点。

それを除けばガレージ保管していた事で

錆やら塗装の色褪せは皆無。

悩んだあげく、絶版車である為カウルの

交換は部品が供給されず不可能であった

ので鈑金塗装をしてもらい嫁入りとした。

当初の予算より15万くらい高くなって

しまったが、まぁ満足できる仕上り。



今は全部で4台の花嫁を毎日、磨いては

ニヤケ。眺めてはニヤケの日々 (^-^)

250とは言え、レブリミット近くまで回せば

ストレスなく走ってくれるし、取り回しは

自転車並。高速も走れるし楽しく遊べる。

高速走行用にETC2.0も装着してヘッドライト

をLEDに変更してお化粧済み。

花嫁が多いので身体がもう1つ

必要かも・・・
お袋が亡くなってから今のライフスタイル

に変えて早4年。

収入面では3分の1になったとは言え

いつ死んでも悔いが残らないように自分が

したい事をする時間を確保している。

自分では満足しているつもりだったが

最近、これで良いのだろーかという思いが

頭を過る。

月10万でも15万でも良いから毎日働きに

出るべきなんだろーか。

世の中には色んなライフスタイルがあり

人それぞれ価値観が異なるものなんだが

一体、いま自分がどうしたいのか迷路に

入ってしまった・・・
札幌から旭川までは特急で1時間半。

ちょっと一眠りすれば着く距離。

とこらが・・・

札幌をでて20分ほど走った所で列車が

緊急停止。

なんじゃ?と思ったら、『この先の踏み切りで

緊急ボタンを操作した様なので現在確認中』とな。

30分ほどして、『トレーラーが踏み切り内で

ワイヤーに引っ掛かり立ち往生している模様。

レッカー車で引き出さないと無理。復旧まで

かなりの時間を要すると思われます』との

アナウンス(^^;




最寄駅のホームで延々停車することになる。

トレーラーが踏み切りを塞いでいる為、

上下線共に運転見合せ。

江別と札幌間で折返し運転だけしてる。

とりあえず列車のドアは開けてくれたので

ホームに出て(-.-)y-~が出来たので幸い

そないにイライラする事はなかったが結局

待ってる間に3回も(-.-)y-~しに出た。

最終的に緊急停止したまま2時間が経過し

やっと走りだしてくれた。

1時半に旭川へ到着する予定が3時半に

なってしまった(>_<)

北国の日没は早く、夕方4時になると既に

薄暗い。到着後にする予定だった事ほぼ

全て延期。

仕方なくホテルに入り、速攻で展望温泉へ。

唯一、7年来の友あーパさんと合流し

プチ宴会。

短い旭川の初日が終わってしまった。

去年の年末入院に続いて今年も

単身帰郷。

初日は検査があるので病院へ直行


何故か今年は造影CTのみだったので

夕方3時には終了し、宿泊する札幌へ

戻る。

時間的に日暮れまでまだ余裕があると

思い、札幌駅周辺を散策しようかと

思ったが、寒いと言うより凍えるような

気温であったので、やんぴしてホテルへ。

でも正解やった。

北国の夕暮れは早い・・・

4時にはもう薄暗い(^^;

すすき野あたりに繰り出して

飲み食いしようかと思ったが寒すぎる

のでホテルレストランで一人寂しく

晩餐。


一人であんまし贅沢したらアカンもんね。

んで、今日の診察。

いつもの通り、神の手の独演会で診察時間

なんと40分。ほとんど世間話・・( ̄□ ̄;)

こんなんで良いのかね??

結果は、リスキーな身体である事に変りなし。

つまり去年と変りなし。また来年診せに

おいでだって。

なんか回りくどいと言うか、分かり難い

言い方する人だわ。ホント。。。

んでも、まぁ一応無事に解放してもらえた

から良しとするべよ。

札幌へ戻り、特急で故郷、旭川へ向かった

のだか、思いもよらぬ展開に・・・(^o^;
気がついたら前回投稿から

半年も経っていた(^o^;

ついつい手軽なFacebookに

ポストしてしまう。

このブログは、長いこと自分の

本音をアップしてきたので、閉鎖

することなく、続けようと思う。

さて本題。

昨年末に半月、札幌暮らしをして

年末ギリギリに解放してもらってから

早一年。何とか次の正月を迎えられそうな

とこまできた。

今年も例年通り、9月に帰郷する予定を

していたが、神の手先生が急遽出張と

なったらしく延期。

仕事の都合で、明後日から一人で帰郷

する事になった。

今年の故郷は例年になく寒波が早く訪れた

ようで、既に札幌でも氷点下の日があったり

積雪があったりと、荒れている模様。

去年は確か、20日頃から積雪が始まった

ように記憶してるんだけど・・・

明後日は、積雪の中を歩かにゃならんの

かなぁ。

今年は一人旅だから、時間と金に相談

しながら、日頃行けないような所も回って

みたいなぁ。

仕事も様々なしがらみも忘れて羽ても

伸ばすかな (^-^)