今日は、
孫瑜
を取り上げます。
孫瑜 字は仲異
父は孫堅の弟の孫静。
204年に丹楊太守に任命されました。
そのとき彼を慕って、1万人ほどの人が彼の元に集まったといいます。
206年には周瑜と協力して麻と保の砦を落としています。
曹操が濡須に攻め寄せてきた際には、
孫権は積極的に打って出ようとしました。
孫瑜は孫権に自重するようにいいましたが、
孫権は聞き入れず出撃し、なんの成果も上げられませんでした。
当時は武芸一辺倒の武将が多い中で、
孫瑜は常に書に親しみ、古典に通じ、
彼の陣中からは、いつも書物を誦する声が聞こえたといいます。
そんな孫瑜ですが、39歳という若さで亡くなりました。