例の女の子の母親と連絡をとり、その3日後に会う(カウンセリングをする)ことになった。
約束の日。
なんだか朝から雨が降りそうで降らないような微妙な天気だった。
(この日は平日で普通に学校があったが面倒臭いし、つまらないし、意味がなかったのでサボった。)
母親さんに教えてもらった住所へ向かう。
教えてもらった住所にあったのは普通の集合住宅だった。
そこまで古くはなさそうで汚くもない。
パッと見、建物の大きさ対し部屋数も過剰に多くはない。
軽く調べてみたところ、この建物にも近所にも変な噂等も無さそう。
窓側が道路に面しているが交通量は多くない。
学区の学校までは20分程。
駅からは少し距離があるが元々が田舎なのでそれは仕方ない。
「住宅環境(外面)は問題無しっと。」
教えてもらった号室まで行き、インターホンを鳴らす。
少しして小さな子供を抱いた母親さんが出てくる。
「◯◯リョクです。今日はよろしくお願いします。」
「あ、よろしくお願いします。ではこちらです。」
家にあげてもらいダイニングキッチン?に案内される。
ダイニングテーブルの席には例の女の子が座っていた。
女の子は部屋に入ってきた僕を光が無いような目で見ると、
「こんにちは。」
と、可愛らしい笑顔で挨拶をしてきた。
…可愛らしく…お人形のように完璧に作られた笑顔で。
「こんにちは。はじめまして、◯◯リョクで…」
「あんたを治してくれる先生だよ!」
自己紹介を終える前に母親さんが言葉を被せてくる。
「えっと、」
「さっさとあんたの "傷付け" を話しな。」
「あー」
「先生、お願いします。」
「…はい。」
僕のカウンセリングもどきにも一応順序がある。
いきなり問題部分(本題)の話をしたりはしない。
まずは軽く雑談や世間話をしながらコミュニケーションをとる。
話をしていくうちに徐々に問題部分に触れていく。
できることならカウンセリーが自分の意思で話をしてくれるように話を進めていく。
が、今回はそれができず、いきなり本題に触れていってしまった。
『…やりにくい…』
「改めまして、◯◯リョクです。今日は少しお話ができたらと来ました。まずはお名前を聞いてもいいですか?」
「…□□ミヨです。」
「はじめまして、ミヨさん。今日は…」
「あんた他にも言うことあるでしょ。歳とか学年とか…もっと先生に分かりやすく自分を伝えな。ごめんなさいね、先生。本当に物分かりの悪い子で…」
またしても母親さんが言葉を被せてくる。
『……』
「□□ミヨ。✕✕小学校4年生、10歳です。誕生日は2月15日。星座は水瓶座です。…血液型はB型で…えっと…あと…」
「はい、ありがとうございます。僕の星座は山羊座ですのでミヨさんの星座のお隣ですね。血液型は僕もB型です。一緒ですね。」
自己紹介をしていただき、得た情報から雑談をし、いつものカウンセリングもどきのペースへなんとか持っていこうとする。
しかし
「じゃあ、次はあんたの "傷付け" について話しな。いつから、どうして、いつ、どう… 先生に聞いてもらいな。」
母親さんの言葉でまた本題に触れてしまった。
「…」
途端に女の子は俯いて口を閉ざしてしまう。
僕の場合、本来ならばこういう状況では軽く声をかけつつ、本人が自分でほんの少しでも話せるようになるまで待ち続ける。
あまりにも話せる様子ではない場合や数時間単位で待つ場合は話題を全く関係ない雑談などに切り替える。
効率は物凄く悪いがそれが僕のやり方だった。
だがまたまた母親さんが口を出してくる。
「ほら、早く言いな。先生だって忙しいんだからね。」
「…いえ、今日は1日空けておりますのでいくら時間がかかっても問題ありません。 ミヨさん。ゆっくりでいいです。言えること、言いたいこと、聴いてほしいこと、伝えたいこと…なんでもいいです。僕なんかでよければお話を聴かせてください。」
…………
10分程沈黙の時間が続いた。
ミヨさんは何か言おうと顔をあげ口を開くが、声を出すまではいかず再び俯いてしまう。
それを何度も繰り返す。
言いたいけど言えない。
そんな感じだった。
カウンセリングをしているとよくあることなので僕は沈黙の時間が続いても特に問題は無かった。
むしろその時間にカウンセリーがどういう行動をとるのかを観るのもカウンセリングの一環にもしていた。
一方カウンセリーは悩んでいる時間は案外あっという間で10分程度だと本当にすぐに感じる。(個人差あり)
なのでこの場で沈黙の時間に堪えられないのは…
「この子は3年生の終わり頃? 4年生の始め頃? から自分の腕を傷付けるようになったんです!」
母親さんだけだった…
「はじめは赤い痣だけだったんですけどそのうち引っ掻いたような傷になってどんどん酷くなっていって… いくらやめるように言っても全然言うこと聞かないから困っちゃって。あーそういえばなんか雨の日に多い気がするんですよね。天気が悪くなると精神が不安定になるってやつですかね? そうよね、ミヨ?」
「え、え? …うん…」
…ミヨさんの反応からすると雨の日というのは本人の中ではあまり関係ないらしい。
「あとは…そうそう、私が帰ってきてから隠れてするんです。わざわざそんな時間に…気を引きたいのかしら? ねえ、どうなの、ミヨ?」
「え…」
「…はっきりしない子ね。あんたどうしたいの? そんなんじゃいつまでたっても治らないよ。早く先生に "傷付け" についてお話ししな!」
「…ん……」
母親さんは少しづつイラつき始めている。
ミヨさんは母親さんが口を開く度、背を丸め小さくなっていく。
小さくなっていくにつれ口を固く閉ざしていってしまう。
『…話しにならない…』
母親さんが出てくると僕のカウンセリングもどきのペースが乱れる。
それに加えてミヨさんがより口を開かなくなってしまうので、今は母親さんの存在は厄介以外の何者でもない。
「ミヨ! いつまで黙っているつもり? いい加減にしなさい!」
「……」
ミヨさんは完全縮こまってしまう。
『あーこりゃ駄目だ。』
母親さんがこの場いると何もできないと確信する。
「お母様、すみませんがミヨさんと2人きりでお話しさせてもらってもいいですか?」
「え?」
「お母様もお疲れのようですし、ここは僕に任せてもらって、少しお休みになさったらいかがですか? 下のお子さんもお眠りになりそうですし。」
母親さんが抱いている下の子がちょうどウトウトし始めていたのでそれも利用させてもらいつつご退場を促す。
「…それはありがたいんですけど…いいんですか?、お任せしてしまって。この子は本当に手がかかるので先生にご迷惑をかけると思いますよ? …でも、せっかく先生がそう言ってくださるので少し休ませていただきますね。隣の部屋にいますので何かありましたら呼んでください。」
母親さんはそう言い、隣の部屋に行ってしまった。
…確かに退出を願ってはいたのだがそう簡単にいくとは思っていなかった。
普通、今日初めて会った成人男性と娘を2人きりするのに抵抗感を持ちもう少し躊躇するものだと思うのだけど…
まあ、何はともあれ厄介な母親さんがいなくなったのでこれでようやく僕のカウンセリングもどきが行える。
「三度で申し訳ありませんが…はじめまして、◯◯リョクです。」
「…はじめまして、□□ミヨです…」
カウンセリングもどき開始。