テレビもジャズも | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

「あれ、TV?。それに、ソファに座ってるんだ」

 

どうしたの。いらない音を嫌うのに、珍しいね

と言葉尻で言い、こちらに目を向ける

 

 私は普通の人より感覚が

とりわけ聴覚はかなり敏感で

普通の人の数倍、けたたましさが苦手

 

だけど

 

いつもとちがう始まり方をしたから

今日は、いつもとはちがうほうがいい気がして

 

雅治がバスルームから出てくるのを

ベッドで待つのではなく、ソファで待った

 

この時間は2時間サスペンスをやってる

しっかり見るわけじゃないけど、テレビをつけた

 

 

私の、こんな些細な違いに気づく

そんなことに、癒される

 

 

 

「・・・失楽園?これあの俳優さんでしょ」

 

「そう。でも内容は違うわ」

 

「なんだ。だからテレビつけて、失楽園を見ているのかと思ったよ、違ったか」

 

 

 

ガウンをはおった雅治は傍らのベッドに腰をかけた

 

「ふぅ・・・」

 

試合後のボクサーみたいに息を吐く

 

 

思わず笑ってしまい

 

 

 

「ほら。だいぶ疲れてる、でしょ」

 

「疲れた。驚くほど疲れたよ・・・今日、この後はもう無理かもしれない」

 

「最初からはしゃぎすぎなんですってば。もう、どうしたの」

 

「知らない、わからないよ」

 

 

肩をすくめるようにして、こちらを見て笑う

 

 

 

「葡萄、食べませんか。一緒に食べたかったの、疲れがとれるんじゃない?」

 

 

「うん、貰うよ。・・・お昼、少し遅くなったから食べてないんでしょ。何か食べない?ほかに」

 

 

「うん、これでいいの」

 

 

 

重たいものというより果物が食べたかったし。

目の前でおにぎりを頬張る、というのを見られたくなかったのもある

 

 

カッコつけでしょう?ねぇてへぺろ

 

 

指先が葡萄をつまみ、口に運ぶ様を見ていた

 

「どうした?・・・美味しいよ。ほら、sanaも」

 

「はい」

 

 

 

 

肌を合わせ昇りつめた回数よりも

何かを一緒に食べた回数のほうがはるかに少ない

 

 

だから

 

見ていたい、そんな普通に当たり前の様子を

食べて、笑って、普通の日常の雅治を

 

凝視するわけではなく、むさぼるわけでもなく

 

例えたら、そう

好きな人がグラウンドでボールを蹴って走っているのを、校舎の窓からそっと見ているような

 

なんて言ったら、きっと笑うだろう

 

 

日常のありきたりが、新鮮

カオスな、物語じみた非日常のほうが、私たちのありきたり

 

 

でも、それでいい。私たちは

 

そうじゃないと

 

 

 

「おしゃべりもいいけど、食べてよsanaも。美味しいから止まらなくなって僕ばっかり食べてる。無くなるよ?ほら」

 

「じゃ残ってるのを2つずつ。半分こで食べましょうか。でも、ちょっと待って、何か、もう、やっぱり邪魔、集中できない」

 

「ん?」

 

「集中したいの、今に」

 

視線を。取られたくない

テレビの中の作り話に

 

自分がつけたTVを消し、音楽に切り替えた

 

 

「で・・・これは、ジャズ?」

 

「なんとなく。映像よりいいかなって」

 

 

 

掠れるジャズの低音は、遠く小さく部屋に流れ

 

 

 

言葉が途切れる

 

 

なんとなく、吸いつくように目を交わして

なんとなく、この作ったみたいなシチュエーションが恥ずかしくなって

 

 

 

「食べ終わった。じゃ・・・もうそろそろ、ベッドにいこうか」

 

 

 

 動こうとした私を、雅治が捕らえる

 

 

 

 

 

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