匂いと気配 | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

ふわっと上がる湯気と、絹のような水しぶき

 

「ん・・?」

 

肌から立ちのぼる残り香

雅治の匂いがする

 

 

 

「ん?」

 

思わず、腕に鼻を近づけた

違う

濡れた肌は、ただ水滴の匂いがするだけ

 

なのに、ふっと、鼻をくすぐる

ほら、また

 

 

 

私も雅治も香水のような類は好まない

せいぜいがシャンプーといったところ。

いつもの香り、と決めつけられる香りがあるわけじゃなく

かといって、加齢(ゴホ)・・・を感じるようなこともない

 

だから同じ香水をつけている人にふり返るなんてこともないし

 

 

でも

身体から、雅治の匂いがしてる

 

「ん??」

 

時折ふっと鼻をくすぐる

おそらくこれは嗅覚が覚えての、記憶と交錯した錯覚だろう

 

とうとう、感覚器官までおかしくなって

もう末期症状の妄想だ。これ(笑)

 

 

まあいい、もう。

 

鼻が覚えているなら

帰ってからも隣にいるみたいに思い出せる

 

 

 

 

 

 

 

ベッドルームに戻ると、雅治は起き上がっていて

 

 

「あら、まだ休んでいるかと」

 

「とりあえず身体をちょっと流してくる。あったよ下着。sanaの服の上においてある」

 

「まぁ」

 

 

 

すぐにシャワーの音がしはじめ

 

 

 

私は、壁にかけられた雅治の服に近寄った

ハンガーはシャツとジャケットを羽織り、一緒にネクタイがぶらさがってる

 

タイピンはちょうど目につく高さでネクタイに留まって

 

 

手に取った

 

 

何度も結ばれクセのついた跡。

 

日常に当たり前にある1本になったそれに、もっと大きく見えるかと思ったタイピンは控えめに収まっていた

 

「タイピンは・・・ネクタイが邪魔になるときがあるから、揺れたり垂れたりするのを押さえるのに使うよ」

 

その目的に叶う仕事は、充分してくれそうな

 

ありきたりの、没個性な柄は嫌い

 

だけど、これ以上凝ると「私」が透けて見えてしまうから

もうこのくらいにしないと

 

でも

 

 

 

背後から声がした

 

 

 

「気づいた?ちゃんとネクタイもタイピンもしてたこと」

 

 

「ええ勿論。使ってくれてます?」

 

「うん。ネクタイも気に入ってるよ。このタイピン、字も書けるって言ってなかった?」

 

「いいえ、ペンの形だけど書けはしないわ」

 

「なんだ、やっぱりそうか。どうやったら書けるんだろうって色々やってみてたのに」

 

「タイピンは飾りですもの。インクが出たらネクタイが汚れるし。違う?」

 

 

 

 

 

 

 

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