彼女と別れて、帰ろうと車を走らせる
陽は落ちかけ、雲は茜色に染まりかけていた
「国道とバイパスと、2本あるから。ここから出て高速に近いのはバイパスのほう、この先を左に曲がればバイパスに出るから」
そう言われたけど
雅治の息遣いが聞こえるような、大学の側を走る
茜空に浮かび上がる学園の建物群は、夜を食みながらもくっきりとしたシルエットを目の前に描いていた
爆音とともに空の向こうからヘリポートに下りてくる、救急搬送のヘリが見える
どこから来たのか、でもヘリで来るのはきっと重めな救急だろう
救命救急センターにも、長い夜がはじまる
「今から高速に乗ります」
「お土産買った?」
「まだ、SAで買おうと思うけど、何がいい?」
「えーっとぉ・・・そう、こないだのアレ買ってきてよ」
子どもたちの声が耳に響く
さあ、早く帰ろう
帰り着いたら日常が、「私」から「母と妻」の時間が始まる
膝の上に、もうお守りになった雅治からのバッグハンガーを置いた
冷たい手触りは、彼女との語らいで落ち着いたと思った私の涙腺を容易に刺激する
いつもと違う、些細な気配は
いつもと違う、雅治を示していた
そこに爪を引っかけて良いのか 私にはわからなかった
私は、彼に
これからの時間の中で、何ができるというのだろう
そして、彼は
これからの時間の中で、私に、何を望むのだろう
帰るまでは、ずっと雅治のことを考えていられる
昨日棚上げした分、今は首まで浸かっていられる。
私の目は、ここ数日の疲れからか重たいくらいにくっきりとした二重になっていた。
眠たさとは違う、目を開けにくいような疲労感が漂うのに、涙腺だけは感情の揺れに正確で、水滴は面白いように滴り落ちる
考えても答えは出ない
私が、考えることじゃない
わかっているけれど、考える
感情的に、これは感情的に考えてはいけない
あったな・・・
確か、キュブラー・ロスだったっけ「悲観の5段階」とか
死と向き合う経過、とか
雅治は今、これのどこにいるんだろう
冷静さを保とうと、スマホで検索した
でも、並ぶ文字は、いちいち私の涙腺に突き刺さる
「・・・気づかなくてね。まさかって。だって健康が取り柄だったし」
どうして
どうして、そんな病を雅治が引き受けなければならない
それは、降ってわいた理不尽だった
自分の腹部に、難病指定の一つである疾患が巣食っていたこと。遺伝疾患でもあるから、確率的にある程度の覚悟をしていた。
母やパートナーに隠し、その確定診断をひとりで受けた時よりも、私は混乱していた
今、
もし今、雅治から離れたら、どうだろう
雅治と、一切の連絡を絶って、もう二度と逢わないと
過去の時間への許しを神様に乞えば
彼の病の、進行は止まるだろうか
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