キスまでは | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

ジワリと絡んだ腕は、私を抱きとめたまま

私はその腕の中に、いつの間にか身体を預けている

当たり前ではいけない当たり前を、もう身体が享受しようとしている。

 

 

テーブルの上のグラスは、空になって随分経つ

手をつけていないお料理が、冷たくなっている

 

 

何かを飲んだり食べたりを目的とはしていない

逢う理由さえ、向かいあっていても誤魔化そうとする。そんな誤魔化しの欠片が、テーブルの上に広がってる

 

欲しいのは言葉を交わす時間じゃない

 

 

 

 

「だったら僕に逢いに来た?もっと早く僕から連絡したほうが良かったかな?いや、連絡しようかなと思ったりはしたんだけどね」

 

 

私のメールの奥にある心を先生は読み取った。

私自身が忘れていた、だけど掘り起こせば確実に揺らぐ気持ちを。

 

 

抗えない。

 

 

 

先生は昔のままで私の傍にいる。

手が届くところに。

 

身体を預けたまま、先生の腕に触れてみる。指先を先生の指に重ねると、ゆっくりと手首を回して、私の手を恋人つなぎで握り返してきた。そんなささいな仕草が鳥肌が立つほどに私をかき乱し、さらに私の理性を失わせていく。

 

 

 

先生はいつもそうだ、昔からそう。だから忘れられずに引きずられてしまう。

 

絡んだ指先を見つめ、もう一方の手を重ねた

 

 

 

「・・・もっと早く連絡があれば、たぶん逢いに出てきたと思います」

 

 

 

 

「でもsanaはまだ新婚の人妻さんでしょ?・・・いいのかな?そんなの」

 

 

 

「ひどい」

 

 

 

「ひどい?僕が?・・・もう人妻です!って言ったのは誰だっけ?ねぇ」

 

 

 

Sっ気たっぷりな目が熱を帯びてくる。身体の密着が強くなる。

 

 

 

 

もうダメだ

 

 

 

見上げて

 

伏せていた目を先生に絡める

 

 

 

視線がかちりと噛み合ったとたん、先生の唇が下りてきた。

 

絶対に外さないタイミングは、こんな時も確実に外さない。こんな風に強引に、昔のように、また根っこから私を引きはがして持っていく。

 

 

背中に添えられていた指先はキスの間に背中の金具を外した。

過去に何度もされたその動きはその時の記憶を引きずり出し、次の段階を求めてしまう。

 

 

 

もういい

唇が喉を這う。

 

染み込むように懐かしい、先生の勢いに応えていく。

 

 

 

 

 

 

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