離れる理由 | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

「退職願の原因は事務局長じゃない。」

 

 

「でも、離れようとは思ってるんでしょ」

 

 

間髪を入れない切り返し、黙り込む私をマダムは覗き込むように見た。

 

 

「話し合えないの?頑なになってしまったら埋まる溝も埋まらないよ?お互いが一番の理解者のはずでしょう、アンタたちは」

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

もう埋まらない。埋まる溝ではない深さにまでなってしまっている。

後戻りができる状態じゃない。戻ったところで息をするのも苦しい今の状況は変わらない。それに耐えながら学びを深め、そして事務局長に添うのはもうしんどい。

 

 

色々が積もった結果。

やり方や動き方が稚拙だった・・・かもしれないと思うところはある。でもその時、その場その場で考え、考えて考えてやれるだけのことはした。だから破かれたとはいえ退職願まで出したあと、覆水が盆に返るようなことはありえない。

 

 

離れることが解決の糸口、それが私の答えだった。

 

状況として今に変化を見いだせないのであれば、もう身を引いて場所を替えるしかない。新しい場所で、まだどことも決まっていないけど新しい職場環境に身を置くほうが、きっと私にも上司にも事務局長にもいいはず。

 

 

 

 

「退職願の原因は、マダム。事務局長じゃないんです。本当に違うの。私の仕事のことなんです。もうあの上司のもとで仕事するのがしんどくてバカらしいの。違うの、原因は事務局長じゃない。誤解です」

 

 

私は語気を強めた。

 

 

 

 

マダムは恋の人だった。

またそれにふさわしい経歴の持ち主で物事を恋から覗き、恋を軸に考える人だった。

華やかなマダムの言葉は深く、時に恋に慣れぬ私のたどたどしい思考の上を行き、衝撃を受けることもしばしばで

 

「男と女ってのはね、そういうものなの。恋愛あってこそなのよ」

 

そう締めくくられる恋の話は、少女時代に愛した恋愛小説とは全く違っていた。

 

 

 

 

でも

 

私は違う

 

 

入り口はそうでも。ここを離れようとする、事務局長から離れる理由は恋に破れたからじゃない。

そこには私なりの仕事に対するプライドと、歩みが止まることへの恐怖心、抵抗感があった。

動けなくなるほどの精神的な不調。パニック発作、過呼吸、そういったものを引き連れ働くことの苦しみを身体いっぱいに抱えたとしても。私は歩みを止めることを潔しとしなかった。

 

だって

瞼の裏に浮かぶ私の愛した人たちは、そういうプライドの中で仕事をする男たちだった

何も語らずに黙々と自分のすべきことをこなす人。そりゃあしんどいさと笑い飛ばす人、そして、報われないとわかっていても法人の為にできることをと動いてしまう人。

 

そんな彼らから得たものは、甘い蜜の味だけじゃない。恋以外の副産物を抱えたまま潰れるわけにはいかない。

 

 

 

マダムはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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