嵐が残したもの | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

橋の上に散らばった車は、その上を水が通ったとしか思えない散らばりっぷり。

そんな車を縫うようにのろのろと通り抜けて職場に向かう。

 

幸い職場は激しい浸水は免れていたものの、エレベーター機械室が全滅だとか、驚くような爪痕がそこかしこに残されていた。

ほんの50メートル先は床上浸水と、とにかく日常を呈していない。

開店休業状態で、あちこちの掃除にばたばたする1日となった。

 

 

「老健施設はどうなってる?事務局長は」

 

「わかりません、連絡がないので」

 

 

「だいぶ浸水してるのかね」

 

「局長はそもそも向こうに行かれているんですか?」

 

「え!?という話は聞いているけど、そこからは・・・。施設と電話がつながらない」

 

「携帯は?」

 

「局長持ってないですよ」

 

 

 

 

そんな声が遠くから聞こえた。

持ってる情報は一緒だ、そこからどうなってるんだろう・・・。

 

何もないですように。ただ電話がつながらないだけでありますように。

 

 

 

 

ポケットに振動。

番号も確認せずに小部屋に駆け込んで耳に当てた。

 

 

「おお・・・やーっとつながった」

 

 

間延びした声に力が抜ける。

 

 

「生きてた・・・・」

 

 

「おいおい、のっけから殺さないでくれますか」

 

 

「だって、トンネル通行止めで落石って」

 

 

「おかげさまで悪運が強いもんで。まだ行った時は通れたし、警察の動きよりも私の読みが早かったわけです。確かにごろごろ石は転がってましたけどね。ただここは電波の状況が良くなくて、かけてもかけても繋がらない。ようやく今ちょっとつながるようになりましたが」

 

 

「すぐに院長に伝えましょうか」

 

 

「いや、こちらの職員を一人向かわせた。なにせ手が足らない。こちらは床上80センチの浸水です。水は引いたけどね。動けそうな職員にこちらに掃除の手伝いに来てもらう要請と必要物品の調達に行かせた。こちらの状況は彼が伝えるだろう。君からは言わなくていい」

 

 

「じゃあ・・・・・」

 

 

「じゃあ何でわざわざかけてきた、って?」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「何かあったんじゃないか。そんなくだらん心配を、ま、拭っておいてあげようかなと思いましてね」

 

 

 

そう言って事務局長が黙ると、電話の向こうの喧騒が聞こえてきた。

 

 

 

 

「・・・理由がどうあれ。心配かけたね」

 

 

 

 

流れた沈黙のあとの言葉は聞いたことのない声色で。

背中に逆立つような感覚を残して、感情のギアは否応なしにトップギアに切り替わった。

ダメだこんなの。反則すぎる。

 

 

・・・心配した。あの映像で、ホントに一番悪いことを考えた。

 

 

「聞いてる?・・・もしもーし」

 

 

良かった電話で。

受話口に手で蓋をした。

 

 

 

 

 

嵐は私の心に、恋という竜巻の火種をいくつも落としていく。

 

 

 

 

 


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