欲しいもの | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

お誕生日が近い

 

 

「何か・・欲しいものはない?」

 

「・・・考えておくよ」

 

 

電話口の声はそう言う

 

 

 

何か、にすがるような

何か、を恋の証にするような

 

そんな時を過ごしてきてはいないのに

 

そう言い、そう答える

よくある、恋人たちのルーチンのように

 

 

 

 

「そうだな。欲しいものがある」

 

「何?」

 

「これからは・・僕のことを『先生』ではなくて名前で呼ぶこと。sanaからの今年の誕生日プレゼントはそれがいいな」

 

「え?」

 

 

数年前

初めて音にしてねだられた誕生日プレゼントは、呼び方を変えるという形のないものだった。

右耳に響く雅治の声は、かつての、そんなことを思い出させる

 

 

触れて思い出すキーホルダーも

お揃いだと、胸元に挿してと願ったボールペンも

 

見えぬ淋しさや、

この儚い物思いに、

なにか確証のような印が欲しくて渡したもので

 

要は、私の都合

 

そんな物に触れていないと雅治を想えない

そんな薄っぺらい時を、過ごしてきてはいないのに

 

 

形あるものは、ただの形

 

それよりも記憶に残るのは

ささやかに重なった時の中で

傍らで共に見た景色や、かけられた言葉

全部全部、噛みしめるように覚えている

インクが切れても、壊れても

それらは何ひとつ欠けることがない

 

華やかなダイヤモンドの輝きよりも

照れくさそうな眼鏡の奥、覗き込むように揺れる瞳の光のほうが

 

愛おしく、狂しく、守りたいもので

 

火である私が

雅治の側に吹く、静かな風になりたいと思う

焼く時はもう過ぎた、そう思いたい

 

 

 

 

「次に会うとき、sanaがずっと側にいてくれたらいい。僕はそれがいいな」

 

「・・・」

 

 

電話の向こうとこちらで

全く同じことを望んでいる

 

こそばゆいような

改めてドキドキしたりもして

 

 

私は、雅治がひとりごとのようにつぶやいたそれに

フッ・・・と小さな吐息だけで応えた

 

 

この人を好きになれたことの奇跡と感謝

私は何度目かの、そんな心の揺らぎを噛みしめる

 

 

 

雅治に、触れたいと思う

 

折れるほどに抱きしめて

互いに入り込み

それは身体の絡みということだけではなくて

何かを拭い、何かを補い、そして整いあって

 

ただ何も言わず、ただ隣にいてくれたら

それで

 

それに代わる「物」はない

 

 

こぼれた私の吐息に

照れたような吐息が返ってきた

 

 

 

 

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