琉球古典焼とは? ー壺屋焼の原点ー | 緑間 玲貴(バレエ・アーティスト)ブログ

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沖縄県出身のバレエ・アーティスト 緑間 玲貴(みどりま りょうき) の活動を綴ります。

琉球古典焼 という名前の焼き物が壺屋焼以前に存在する(!?)

私は何気なく家のそばで目にした展覧会のポスターに釘付けになりました。

 

壺屋焼の中心地、那覇市壺屋という地域で小学生時代を過ごした私は、人よりかなり焼き物に触れて育ちました。

地域には人間国宝とそれに並ぶ壺屋焼の名工の家と店舗が並び、その家族や子どもたちは同級生でしたから、何気なく遊び場がそういう環境で、知らず知らずのうちに陶工らの生活に触れていたのです。

 

小学生当時、街を上げて壺屋と壺屋焼を観光のコンテンツにしようということで、県が壺屋一帯に予算をつけた良い時期で、街には壺屋焼の破片や器を埋め込んだ素敵なデザインの道や壁があふれ、観光客が訪れる道は石灰岩の石畳に美しく変わり、首里城正殿の復元と相まって、屋根には綺麗な赤瓦を誂える家が増えました。

 

小学校には立派なガス釜が据えられ、6年も土に触れ陶芸で遊ぶことができたのです。

そういう意味で、特別な小学校であったと思います。

図工室は陶芸工房さながら、ロクロをはじめ陶芸に必要な全ての器材が用意されました。

 

おまけに参加者は有志で、なぜか私と数名の友人のみが(当時は)「地域に飽きられた高額な焼き物」に興味を持ち、放課後時には図工の時間は全部、粘土、釉薬、焼き物のカタやロクロを自由に使って遊んでいたのです。

 

土まみれになったり、絵付をしたりして、文鎮にはじまり、湯呑み、皿、一輪挿しのようなミニ壺、刺身皿などを作りました。

ガラスを入れたり、釜の中で作品を爆発させ、迷惑をかけたことも何度もありました。

 

作品は全て祖父に贈ったと思います。

今思い返すと、祖父に喜んでもらいたい一心で、不器用な私なのに陶芸作りにのめり込んだのかもしれません。

 

今は観光地として大変賑わっている壺屋は、カジュアルに楽しめる素晴らしい焼き物に出会える地域になっています。

私は、幼少期から知っている、高江洲さん一家の経営されている「育陶園」が大好きで、よく贈答に困ると女将さんの高江洲啓子さんに相談しています。

 

前置きがながくなりましたが、先日友人と久々に壺屋を観光客の目線で遊ぶという日がありました。

東京都民が東京タワーに行ったことがないように、灯台下暗し、意外と知らないことが多いものです。

沖縄県民よりも、観光客の方が色々と情報を持っていることの方が多いものです。

 

その時に【琉球古典焼き】の展示の案内ポスターを見て、驚愕しました。

 

そういう名前の焼き物が存在するのか・・・と。

その焼き物の写真は、まるで正倉院文様の宝相華のような、アラベスク模様が施され、遠いシルクロードの向こう側を彷彿とさせる西側のデザインなのです。

 

伝統的な壺屋焼には、しずくとアラベスク模様が合わさったようなデザインや、独特な赤絵の色、魚などの表現がありますが、その源流がここにあると考えると納得がいきます。

 

しかも、琉球古典焼きは、壺屋焼の前段階の焼き物で、存在したのは大正初期から昭和初期のみ。

なんと!奈良県の(!!!)陶工と壺屋の陶工が出会い、生まれたものだそうで、のちの壺屋焼そのものの作風に大きな影響を与えたというのです。

 

数日後、この企画展に行ってきました。

そもそも沖縄は75年ほど前に全てが破壊されているので様々な記録がないのですが、この焼き物は奇跡的に沖縄以外の場所に住むコレクターが所蔵していたので、残っているということでした。

 

ビビットな色使いや、繊細な釉薬の配合。

時にユーモラスな自然や風土の描写。

壺に貼り付けられた龍や鳳凰たち。

 

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私たちの文化は全て、大きな流れの中にあって、それらはつながている。

私たちは本来ひとつなのだ・・・と語りかけているようでした。

 

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バレエ「御佩劍」では「おもろさうし」を研究し、琉球文化と大和文化の根源についての発見を作品に織り込みました。

地域の歴史分析の勘違いが起こす無意味かつ仕組まれた分断に、真実の光が射す可能性があると思ったからです。

 

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何よりも、琉球古典焼きの存在はほとんど知られていません。

またそんなに重要視もされていないのです。(笑)

しかし、ジャンルは様々あれど、ここにも【大きな繋がり】という意味でその一端がうかがえる、時空を超えた出会いの片鱗が微かに残っていることを発見することができ、大変嬉しく思いました。

 

踊りや、もちろんそれ以外でも、誰もが知ることができる、表層に現れていることではなく、本当のあるべき姿を引き続き追いかけてみたいと思います。