長々と続いた大雨は西日本に甚大な被害をもたらし、とにかく気の毒としか言いようがありません。
多分この豪雨による死者は200人近くにのぼりそうです。
大変な災害になってしまいました。
それでも季節は移ろい梅雨も明け、真夏の太陽が容赦なく降り注いでいます。
現代の技術を持ってしてもこれほどの被害を受けてしまう、何だか空恐ろしい自然の脅威です。
僕は漠然と以前観た「ノアの箱舟」のことを思い出してしまいましたね。
随分異なったことのように見えますがその縮小版のような災害はこれからも何処でも起こりうると云うことで、人はついつい自分の眼の前でことが起こるまでぴんと来ないのでしょうね。
十数年前の海山町を中心とした大洪水の時「まさか!」と云うようなことが現実に起こりましたからね。
これからも無いとは言えない訳で、つくずく「自分の身は自分で守る」という意識、もちろん様々な情報を確認したりまたそれにともなった行動したりする、それも含めてですがね。
それがどれほど大切かそういうことです。
その事、心に沁みました。
とにかく今からが大変でしょうが、なんと逆に悪い奴らにとっては千載一遇のチャンスでもあり現場に出向いてはだましたり泥棒したりするんですね。
そんな輩も存在する。まさに社会のひずみというか裏表というかね、そう云うニュースが流れるとつくずく無常感のようなもの感じざるを得ませんね。
この日本列島人(榎本さんの息子周平君の造語。観念的に非常に判りやすい)美徳とされる窮地における誠実さや思いやり、助け合う心、犠牲的精神等々なんだかんだ言っても所詮は個人、個々のレベルでしか括れないんだなぁと今更ながらに思うのですよね。
以前、さる災害時に暴力団関係者まぁヤクザですね、その彼らが炊き出しをしたり、子供にお菓子を配ったりしたのを知っています。この一見偽善的としか映らない行為・・だがしかしこの虚の中には必ず実も存在するんですよね。
何だかそんな事まで思い出し考えさせられました。
悪人にも稀に悪人なりの異様な輝きを見せる奴いますが、ただの薄汚いボロぞうきんのようにしか映らないそんな輩もいますよね。
火事場泥棒のような行為のこと知れば知るほどこのこと、多分以前司馬遼太郎が何処かで言った言葉ですが、思い起こしてしまいます。
あー、梅雨明けの話が火事場泥棒の陰惨さに流れてしまいました。
とにかく政府は一日も早い復旧を人、物資両面で大々的且つ迅速に進めるよう願うばかりです。