昨日、我が家に少し大きめの封書が届きました。
差出人は鈴鹿市の某小学校の先生でした。森下先生といいます。
封書は息子宛てでしたが電話で確認後開封したら、1枚の手紙と1冊のノートでした。
古びたノートの表紙には「1年5組生活ノート」と期されています。
なんと約30年前の息子(最近43歳になりました)が中1の時に担任の先生とのやり取りを綴ったものでした。
驚きましたね。
息子の字など鉛筆書きでそれこそぐちゃぐちゃでほとんど読めませんが(因みに今も悪筆ではあるのは変わりない・・・)先生はいちいち感想、意見それに添削までしながら実に細やかな遣り取りをしてくれているのががよく伝わってきました。
心から感心してしまいましたね。ありがたいことです。
長い人生のほんの小さな時間とは云え、こんな先生に出会えたということは本人にとっても幸せなことでほんと感謝ですね。
本人は「うぇー、ほんとに!」なんていう程度のいたって単純な感覚で、およそ人生の気づきのようなものを感じたような風には見えませんがね。まぁ、分かりませんが・・。
僕思うに、こんなことってねいくつになっても時々ふっと何気に思い出し、その時少しでも小さな微笑みがこぼれればそれでよいのですよ。
そう言うものがあるだけでも幸せっていうもんです。
それよりなぜ今になってそれが送られてきたのか、同封の手紙を読むと、最近その森下先生が書斎の整理をしているとその頃のノートを預かったままであることに気づき「これは返さなくては」と、30年も前に担任していた生徒のものにも関わらずそれを送り届けたということでした。
手紙の終わりには長らく預かったままにしておいて本当に申し訳なかったと綴られていました。
いやはや、この時代にもこういう奇特な先生もおられるんだと、感心しそのことが嬉しくてね。
こういう良いことがあったという話です。
森下先生は音楽の教師で今も現役で頑張っていらっしゃるみたいでほんと何よりです。
僕はすぐさま先生にお礼の電話をしましたが、もはや顔も覚えていないような存在なのに、昨日のことのようにその頃のことが思い浮かばれて、本人よりもこっちの方が感動してしまいました。
多分その様子だと当時の生徒達皆に送り届けているのだろうと思います。
本人たちはどう感じようとありがたいことですよ、ほんとうに。
森下先生に乾杯!
ありがとう。音楽の評点、あの息子が「5」だったのを思い出して家内と大笑いしました。
ということで失礼します。