涼風文庫堂の「文庫おでっせい」  93. | ryofudo777のブログ(文庫おでっせい)

ryofudo777のブログ(文庫おでっせい)

私が50年間に読んだ文庫(本)たち。
時々、音楽・映画。

<悪魔主義と黒死館>

 
 

299.「ボードレール詩集」

シャルル・ピエール・ボードレール
堀口大学:訳  新潮文庫
 

 

 

「悪魔主義文学」とは何ぞや?

 

絶望感とそこから流れ出でた頽廃に身を委ねたような世界感――。

 

私のボードレールに対する印象は、

”死の幻影に憑りつかれ、病状なき病いに苛まれていた詩人”

と言うものです。

 

訳者の堀口大学さんが述べられているように、この詩集は『悪の華』と『巴里の憂鬱』から抜粋したもので編まれています。

ボードレールに関して言うと、この後、『悪の華』『巴里の憂鬱』『人口楽園』と読んでいくことになっていますので、今回はスルーさせていただきます。

お気に入りの一編などは、その都度、再録します。

 

あとは大学時代の先輩が述べた、ボードレールの<キーワード>を書いておきます。

曰く、

 

『勝利の蛆虫』

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 

300.「黒死館殺人事件」

小栗虫太郎

長編   井上良夫/島田太郎:解説  教養文庫

 

絶後の一大迷宮、絢爛たるペダントリーの世界に徹底した校定を試み、虫太郎が傾注した超人的力業を浮彫。

 

「ボスフォラス以東に唯一つしかないと言われる」

ケルト・ルネサンス様式の城館を舞台に次々に展開される四つの殺人。

そこに住む人々の鬩ぎ合と建物自体に配された運命の糸が破局に向って昻潮する。

 

妖異な舞台設定のなかで起こる連続殺人に対し、ペダントリーに飾られた絢爛たる抽象論理の世界を構築した。

「ファウスト」に主題を得て、作者がひそかに蓄積したものを存分に吐露したもので、作者一流のレトリックを駆使して、ユニークな心理探偵創造に眩惑される。

                                           <中島河太郎>

 

探偵は法水麟太郎。

振八木算哲と八木沢博士。

明治十八年、神奈川県高座郡に建てられた『黒死館』。

海外から連れて来られた四人。

ダンネベルグ、セレナ、クリヴォフ、レヴェズ。

彼等は四十余年の間、外に出た事がない。

彼等を含む『黒死館』の住人たちが、次々と殺されて行く。

 

大まかな筋はこんなところで、かなり明確です。

 

ですが、今回言いたいのはそんな事じゃありません。

 

 

話は戻りますが、私はネットを始めた事で、ほぼ四十年ぶりに『読書』の話を他人に、それも不特定多数の人たちに語るようになりました。

 

まあ、こっちは浦島太郎かリップ・ヴァン・ウィンクル状態なので、驚く事は多々ありました。

 

(1) ”『赤川次郎』さん、聞いた事があります”

(2) ”ダンテとベアトリーチェの話は『神曲』を読まないとわからないはずです”

(3) ”貴方が挙げた海外SFのベスト10、どれも聞いた事がありません”

(4) ”貴方が挙げた海外ミステリーのベスト10、確かなんですか?”

(5) ”貴方が挙げた日本のミステリーのベスト10、20って読めるんですか?”

 

簡単に<驚愕理由>を記します。

 

(1)かつて角川映画で趨勢を誇り、『セーラー服と機関銃』『探偵物語』などの単品から、「三毛猫ホームズ」「三姉妹探偵団」などのシリーズもので一世を風靡した超人気作家が、『名前は聞いた事あります』レベルに陥っていたとは……。

 

(2)大学時代、友人たちの間では、たとえその作家や作品を読んでいなくても、男女カップルの名前には精通していました。

 

題名になっているもの……「アベラールとエロイーズ」「トリスタンとイゾルデ」「ポールとヴィルジ

                ニー」「ダフニスとクロエ―』……等々。

有名なカップル……<ダンテとベアトリーチェ><カフカとミレナ><フィッツジェラルドと

             ゼルダ><サルトルとボーヴォワール>……等々。

 

この他にも、

(ヴェルレーヌとランボー) 男同士。

(ロアルド・ダールとパトリシア・ニール) 作家と女優。

などなど。

 

読書はある意味、孤独な作業です。

 

友人関係によっては、読書の蓄積を自分一人で貯め込んでおくばかりで、発散する場所に事欠くことになるでしょう。

 

幸いにして、私の場合は学生のころ、『話せる』という環境に恵まれていました。

 

話の内容はと言うと、まともなものから与太話まで、多岐に渡ります。

一人の作家や作品から、話はあちこちに飛ぶこともありました。

 

憶えているものとしては、ヘミングウェイの話から◯◯に行き着いた話です。

<風が吹けば桶屋が儲かる>風に辿って行くと――。

 

<ヘミングウェイ>➡<ハードボイルド調>➡<ダシール・ハメット>➡<リリアン・ヘルマン>

➡<噂の二人>➡<オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーン>➡――。

 

最後は確か、<中国の四人組>あたりだったと思います。

 

で、何が言いたいかと言うと、本の知識があるもの同士の会話は、∞に拡がっていく、と言う事です。

 

私がネットの世界を垣間見たところでは、

『読書家って、こんなに話す相手がいないんだ……』

という感想を持たざるを得ませんでした。

 

みなさん、小説や作家で、もっと馬鹿話をしましょうよ。

 

(3)かなり昔の話です(40年ぐらい前)。徳間書店が「SFアドベンチャー」という雑誌(月
刊誌だったと思います)を創刊しました(すでに廃刊となりましたが)。
そこで行われたのが、ファン投票によるSFベスト10でした。それまでミステリーと違ってSFは中々ランク付けされなかったので、結構話題になったものです。
古いとは思いますが、一応記しておきます。          <Yahoo知恵袋投稿より>


1.「幼年期の終わり」 アーサー・C・クラーク
2.「火星年代記」 レイ・ブラッドベリ
3・「ソラリスの陽のもとに」 スタニスワフ・レム
4・「夏への扉」 ロバート・A・ハインライン
5・「銀河帝国の興亡」 アイザック・アシモフ
6・「アルジャノンに花束を」 ダニエル・キイス
7・「デューン 砂の惑星」 フランク・ハーバート
8・「宇宙船ヴィ―グル号」 ヴァン・ヴォ―クト
9・「虎よ、虎よ!」 アルフレッド・ベスタ―
10・「都市」 クリフォード・D・シマック


私見ではありますが、全部面白かったです。

 

(4)1960年、「ヒッチコック・マガジン」誌が選んだ名作ベスト10.

 

1.「Yの悲劇」 エラリー・クイーン

2.「樽」 F・W・クロフツ

3.「僧正殺人事件」 ヴァン・ダイン

4.「グリーン家殺人事件」 ヴァン・ダイン

5.「幻の女」 ウィリアム・アイリッシュ

6.「そして誰もいなくなった」 アガサ・クリスティ

7.「赤毛のレドメイン家」 イーデン・フィルポッツ

8.「黄色い部屋の謎」 ガストン・ルルー

9.「長いお別れ」 レイモンド・チャンドラー

〃.「闇からの声」 イーデン・フィルポッツ

〃.「アクロイド殺人事件」 アガサ・クリスティ

10.「殺意」 フランシス・アイルズ

〃.「バスカービル家の犬」 コナン・ドイル

 

(5) 評論家 中島河太郎氏が選んだベスト30 
   
日本のの作品ベスト30(ただし昭和42年までの作品で年代順)

A.戦前のベスト10

1.「途上」          谷崎潤一郎
2.「疑問の黒枠」       小酒井不木
3.「支倉事件」        甲賀三郎
4.「陰獣」          江戸川乱歩
5.「殺人鬼」         浜尾四郎
6.「氷の涯」         夢野久作
7.「黒死館殺人事件」     小栗虫太郎
8.「人生の阿呆」       木々高太郎
9.「船冨家の惨劇」      蒼井雄
10.「湖畔」          久生十蘭

 
  ……続き 日本の作品 ベスト30

B。戦後の長編ベスト20

1.「本陣殺人事件」          横溝正史
2.「高木家の惨劇」          角田喜久雄
3.「不連続殺人事件」         坂口安吾
4.「刺青殺人事件」          高木彬光
5.「薫大将と匂の宮」         岡田鯱彦
6.「虚像」              大下宇陀児
7.「上をみるな」           島田一男
8.「黒いトランク」          鮎川哲也
9.「猫は知っていた」         仁木悦子
10.「四万人の目撃者」         有馬頼義
11.「ゼロの焦点」           松本清張
12.「海の牙」             水上勉
13.「危険な童話」           土屋隆夫
14.「空白の起点」           笹沢佐保
15.「異郷の帆」            多岐川恭
16.「ゴメスの名はゴメス」       結城昌治
17.「大いなる幻影」          戸川昌子
18.「透明受胎」            佐野洋
19.「炎に絵を」            陳舜臣
20.「伯林--1888年」          海渡英佑 
 
 
……と、あくまでご参考までに。
 
で、長~い前置きはこれにて終了。
本題はこれからです。
 
 
”「黒死館殺人事件」はいかにして、『日本の三大奇書』になりしか?”
 
 
私たちの世代にとっての 『三大奇書』と言えば、
 
「ドグラ・マグラ」 
「虚無への供物」 
「家畜人ヤプー」
 
でした。
それがいつの間にか、”ヤプー” が抜けて、”黒死館” が成り代わっている。
 
正直、「はぁ?」という感じでした。
 
奇書には色々定義はあるでしょうが、概要として外せないものは二つあります。 
 
◎ 一つ、ジャンルが判らないもの。
◎ もう一つ、複数のジャンルにまたがるもの。
 
ほかにも時代性や、書かれた意図がわからない、など様々な条件が存在しますが、ここでは事前述した二つで充分でしょう。
 
中国の『四大奇書』は持ち出さないように。
あれは、面白い” と言う意味の『奇書』ですから。
 
「ドグラ・マグラ」
ミステリーなのかSFなのか、よく判らない。
それぞれの読書案内に記載されている。
 
「虚無への供物」
体裁はミステリーだが、”アンチ・ミステリー” をうたっている。
ミステリ^でないミステリーとは何ぞや。
 
「家畜人ヤプー」
SFとSMという冗談のような合体物。
そこに汚物主義までが入ってくる。
 
では、「黒死館殺人事件」はどうか。
 
……。
 
どう読んだって、コテコテの探偵小説じゃん。
 
しかも王道も王道、眩惑のためのガジェットをふんだんに散りばめ、ペダンチックな装いで包んで
読者をミスリードしていく。
 
……その時、この殺気に充ちた陰気な室の空気を揺すぶって、古風な経文歌(モデット)を奏でる、侘しい鐘鳴器(カリルロン)の音が響いてきた。法水は先刻尖塔の中に鍾舌鐘(ピール)は見たけれども、鐘鳴器(カリルロン)の存在には気がつかなかった。   105ページ
 
……その一つは、萌黄匂の鎧で、それに鍬形五枚立の兜を載せたほか、毘沙門篠の両籠罩、小袴、脛当、鞠沓までもつけた本格の武者装束。面部から咽喉にかけての所は、咽輪と黒漆の猛悪な相をした面当で隠されてあった。    118ページ
 
このあたりの描写ですかね。
これはほんの一部ですが。
 
――僕は自分の周囲に、仮面や、カラクリ人形や、屍蠟や、木乃伊や、遠眼鏡や、オルゴールのついた時計や金蒔絵のついた双六盤や、長谷川修二の持っているようなフェンシング用の刀や、筑紫琴や、水晶の珠や、雷お新の刺青の皮や、人体模型などを集め、壁には須弥山図や、涅槃図や、地獄変の絵などと共に、燈籠鬢の春信や、亀井戸豊国の源氏絵や、国芳の武者絵を掛連ね、ビアズレや歌麿の春画に無聊を慰めながら、毎晩のように花火を打上げ、いつも部屋の中には伽羅や沈香をくすべ、ポカポカと音を立てて水煙管を喫い、黒猫や鸚鵡や、白孔雀を愛撫しながら、地中海に人魚を探り、ドクトル・二コラのように西蔵(チベット)の空に憧れ、ハガードの小説の主人公の如く、アフリカ大陸の奥地に、永遠の若さと美を保つという、不可思議な「彼女」の姿を求めて旅行しよう。――
――ああ、僕は幻の王であり、空想の奴隷である。
 
これは横溝正史が昭和十年に書いた「槿槿先生夢物語」の一部分です。
『悪魔の寵児』の解説のなかで、大坪直行さんが紹介されていました。
 
どうです?
 
この日本趣味を西洋趣味に置き換えたら、
『黒死館』ぽくなりませんか?
 
耽美浪漫、悪魔主義、草双紙――。
戦前の探偵小説作家はは多かれ少なかれ、この傾向に晒されています。
 
松本清張が言った<お化け屋敷>です。
 
『黒死館殺人事件』も立派な<お化け屋敷>でしょう。
 
 
 
パラパラめくっていたら、『ヴァン・ダイン』の記述があったぞ。
幸先よろしい。
 
 
ペダンチック、と言えば、ヴァン・ダインのフィロ・ヴァンスものです。
中でも、『僧正殺人事件』はその度合いが高い事で知られています。
 
この『僧正』は、『黒死館』の引き合いによく出されていました。
 
中に出て来る、美術品や工芸品の数々とそれに付随した衒学的趣味――。
 
で、二つの違いはと言うと、小説の<長さ>です。
 
これはこの本が出た頃(1977年・昭和52年)、友人が分析した事をそのまま安請け合いします。
 
曰く、
ヴァン・ダインは元々美術評論家なので、自分のフィールド内のことをミステリーに反映させるのはある意味、自然である。
ただし、専門家なので、切り捨て方を心得ている。
ヴァン・ダインの衒学趣味は、全てを説明しない、小出しにしていることに集約している。
 
翻って、小栗虫太郎は、無論そこそこの素養はあっただろうが、専門家ではないので、調べたもの、研究したものを自分の中で編集することもなく、すべからく作品の中に放出してしまった。
小栗虫太郎の衒学趣味は、全てを説明し、全出しにすることで効果を高めている。
 
 
要するに、この二つの作品は兄弟のようなもので、同じような背景と舞台装置が用意された、
本格推理小説であって、決して ”奇書” などではない、と言う事なのです。
 
 
ここからは自分の考えを少々から目線で述べさせていただきます。
 
 
「黒死館殺人事件」を<三大奇書>に入れた人はどんな人間か?
 
1.当て字、ルビの多さ、註釈の処理が不得手。
  本は読むが、圧倒的な読書量不足。
 
2.そのくせ、発信力には長けていて、一時的な<インフルエンサー>にはなりうる。
 
3.面倒くさい・ややこしい ➡ 難しい・難解 ➡ これは”奇書”だ ➡ 皆とその思いを共有しよう
  ➡ なになに『三大奇書』ってのがあるのか ➡ ふむ。『ドグラ・マグラ』と『虚無への供物』は聞
    いた事あるし、今でも売ってるぞ ➡ この訳の判らん『家畜人ヤプー』とかを外して、「黒死
    館』を入れちゃえ ➡ さて、発信発信と。
 
4・自分の意見にそぐわない者を馬鹿にして排除する。
 
5.影響が行き渡ると、裏に回ってフィクサー化する。
 
 
実のところ、この話題が出た時に、
「私の学生時代は、『黒死館殺人事件』ではなくて、『家畜人ヤプー』が入っていました」
と投稿したら、
「そんな話は聞いたことがない」
という一件の返しがあったのです。
 
私としては、時代の流れもあるし、抗う気持もなく、「今はそうなってるんだ」という感じでしたが、さすがにこれは頭に来ました。
 
しかも若い人ではなく、40過ぎのおっさんということで、ますます頭に血が上りました。
 
40過ぎなら、ギリギリ青春時代に聞いた事があるはずだろうが。
若いころ、ろくな読書環境じゃなかったんだろうよ。
ウィキペディアとかグーグルに頼ってんじゃねえぞ。
 
これ以上言うと個人が特定されてしまうので止めておきます。
 
何せ、ずっと根に持っていたもので、『黒死館殺人事件』の回が来たら、思いっ切りブチまけてやろうと思っていたので……。
とばっちりにあった方にはお詫び申し上げます。
 

ホントのところ、お若い方とお話する時は、”三大奇書” に『黒死館殺人事件』が入っている事を念頭においています。

いちいち反論もしません。

 

しかし――。

 
 
……なんか最近は、<推理小説の三大奇書>とかに変異しているようですね。
 
思慮深い方や良識のある方が、このままではいかん、と新たなネーミングを考えられたのでしょうか。
 
窮余の一策という感じがしないでもありません。
 
だって、それは<奇書>じゃなくて、<推理小説>でしょう?
 
ここまでするなら、元を正さなくちゃ。