大友克洋と河村康輔のコラボレーション展。
GENNGA展のときほどの衝撃はないけど、まぁまぁこれもアリかなと。
ちょっとした息抜きでした。
なでしこアジアカップ優勝。
シビレル試合ばかりで、さすがはなでしこ。
常に結果を出してくれるチーム。
ピンポイントのキックの精度、アイディア、スタミナ、どれをとっても超一流。
男子と試合しても勝つと思うな。
レベルが違うもんね。
おめでとうございます。
集団的ナンチャラやグレーゾ ーンやら、響きのない言葉でゴリ押ししていくアンタら。
そんなに戦争したいなら、お前らが戦場へ行け。
私関係ございませんってツラでインタビューに応じる姿勢に腹が立つ。
(ついでに言うと、私的な面でも、私関係ございませんってツラで意見だけは言う奴は大嫌い!)
質問するメディアの連中にも腹が立つんですよね。
ただ政局を追ってるだけじゃん。
「武力介入するってことは、人が人を殺すんですよね?」
っていう根源的な質問が何故できないの?
天王洲アイルにて。
三谷幸喜最新作。
優香、頑張りました。
物語の主題である、自分の殻を破ることを見事に打ち破ってくれました。
最初は、そんなに笑えなかったんですが、シーンを繰り返すことで、お約束が出来て雪だるま式に笑いを誘ってくれます。
音楽もそれを手伝っていました。
一つの笑いの要素を、いちいち説明しないで後に持ってきて、前のくだりが分かったり。
ちょっと手法が映画的なのかなとも思ったり。
まぁ、映画的というか映像的かな。
どこまでもハチャメチャな笑いの連続なのに、そこに三谷さんの冷静な演出が光りました。
イイ身分ですね~。
実際に人を殺すのは他人任せ。
というか、これからの社会を担っていく若年層に丸投げですから。
絶対に戦争を起こさない?
何の根拠でそんな事言えるのか、甚だ疑問。
武力で助けるなんて。
これで立派なテロの標的国になってしまいます。
いつも思うんです。
人間関係が上手くいかなくて、相手との関係が少しこじれたとします。
そうすると相手に腹が立ってくる。
頭の中でモヤモヤして、腹が煮えたぎっている。
この感情をどうすればいいか。
どこにぶつけようか。
結局、呑み込んでしまう。
しかし怒りが完全に解消したわけではない。
自分の中で納得させるには、消化させるには自分自身を正当化しなきゃならない。
そうすると相手を否定するのではなく、相手を形成している、あるいは属している環境などの全体像を否定していく。
例えばそれが男だったり女だったり、生まれた年代だったり、育った環境だったり、人種だったり、出身地だったり。
これって差別の芽生えですよね?
自分もこういう思考になってしまう時があります。
反省すべき点だと思っています。
ですから自分は、相手そのものを憎みます。
もう一つ。
相手より優位に立つことで自分を満たす。
少数派を否定する。
少数派のことを何も知らないで。
確たる理由もなく、自分たちとは”異”であるというだけで。
こういう差別は最低。
なにがそんなにあなたが優位なの?
あなた方だって、たいした存在でもないんですよ。
何が優れているのか具体的に説明できますか?
違う側面では、あなた方だって”異”であり、差別の対象になっているんですよ。
二つの差別は、表裏一体となっているんですよね。
差別はなくならない。
だからってしていいわけじゃないし。
自責も込めてなお、怒れるところです。
恵比寿にて。
ロバート・キャパの写真展。
王道中の王道なのでハズレるはずがないです。
写真の切り取り方がいいですね。
戦時下なのに、どこか少し陽気で。
反対に臨場感あふれる瞬間だったり。
改めて思ったのは、第二次世界大戦っていいますけど、ホント世界各地で戦争してたんですね。
欧米列強の植民地も戦場になっていたんだね。
大小に関わらず、戦争ってのはなくならないんでしょうね。
勝ち負けの如何によっては、その後の価値観や社会がガラリと変わってしまう。
それってかなりコワイです。
一番印象的だった写真で、ナチスに協力したフランス人の女性が、ナチスが負けてしまったため、髪の毛を剃られ、皆に嘲笑されていた写真がありました。
ゾッとしました。
チケットありがと!
某大学の教科書。
ソローキンに骨抜きにされて、ついついロシア文学の概要を知りたくなった次第です。
いや、ロシア文学は面白いです。
特に革命直後からの文学界は、成熟度が一気に増していきます。
貴族社会の没落を背景にした作品や、宗教的色彩が濃いものだったり、多岐にわたります。
そして大戦末期のスターリン時代の文学界の弾圧を経て、これまたソ連時代の弾圧と、抑圧されながらも、または抑圧されたがためなのか、傑作ぞろいの作品ばかりです。
しかしペレストロイカ以降まで、ロシア国内では出版が許されなかったものも多数ありました。
これを読んでいて、ロシア文学は、作品の一つの要素として、メタファーが作品の出来を図る上で重要な役割を担っているようです。
そして近代から現代にかけてのSF作品の台頭が、個人的はうれしいです。
SFというと、ryodanは映像から入っていったので、どうしてもアメリカというイメージが強かったのですが、いやいや、タルコフスキーなんて名前を知った頃から、ロシアSFはすごいんだと気付いちゃいました。
この本の中にも、面白そう な作品を見つけてしまいました。
しかし読み始めて半年もかかってしまった。(笑)
そんなに難しくもないし、分厚い本でもないんですよ。
なんだかんだ忙しくなってしまいましたから。
痛車もどきのワゴンカーに乗って、悦に入っている首相。
若年層の右傾化が懸念されている昨今。
いろいろ情報を集めてみると、事の発端は、どうやらある漫画に影響されていったらしいですね。
そもそも右傾化への論理と排斥主義をはき違えているようです。
しかもこの盛り上がりは、ただのお祭り感覚なんですよね。
騒いでいる若者が、銃を手に手を取って敵国を殺すことはないんです。
その辺が若者らしい、軟弱な精神性なんですよね。
とにかく娯楽の一種なんです。
ところが自民党は、この娯楽を周到に利用しているんです。
海自や陸自の全面協力で、美少女アニメとコラボさせて、萌えながら戦争に対する壁を低く低くしている。
残念ながらサブカルが、サブでなくメジャーの力でメインストリートを歩き始めたら、それはもう時代遅れなんです。
造り上げられた歴史認識も、キャッチ―なものに。
一方向の単純な側面だけで論じられる戦争を、それについて考えたくない人達にはスポンジのように、すんなりと吸収してしまう。
全く疑わないそういう国民を育ててきたんです。
彼等がそういう大人になるように、国歌斉唱、国旗掲揚についても徹底的に染み込ませてきた。
さぁ、ここでそういう大人達が集まる前で、何を取り戻すのか知らないけど、首相はエセ愛国心を煽る。
それに沸く会場。
帝国陸軍の軍服を着た人が、調子に乗った行動をしたみたいですね。
ジワリジワリとエセ愛国主義を周りから洗脳させていく。
O・ストーン氏曰く、「真の愛国者は為政者から国を守るもの」だと。
故筑紫哲也氏曰く、「愛国主義は悪党の最後の隠れ家である」と。