結局のところ | 等質な二度目

等質な二度目

最短距離がベストじゃない。目指すは安住の地
there is no reason when we think about friends    by k.yokoyama

ryodanにとって、究極的に突き詰めていくと、人生の先生は、高倉健さんになる。

一生超えることが出来ない先生。

多くを語らず背中を見てもらう。

最近ずっと健さんのことばかり考えてしまう。

日本人が忘れてしまった何か。

芯の部分。

正確ではないけど彼が亡くなって、堰を切ったように、常軌を逸した暴力が噴き出してきた。

自分の要求が通らないと、赤の他人に逆上したり。

公然と誰かを傷つけたり。

自分の主張を声高に放ったり。

しかも徒党を組んで、数の力に頼った子供染みた言動。

弱い者を徹底して排除する社会。

深く知りもしないで、一斉に攻撃、嘲笑する。

それらを守れない社会。

物事の道理が破綻しているのに、道理を説明したところで、一体何が変わるのか。

戦後最大の大量殺人犯に、何を言えばいいのか。

ちょっと待て。

戦後最大って。

じゃ、戦中はどうだったんだ。

戦争=大量殺人でしょうが。

人殺しの祭典。

独裁国家の行き着く先は、もう一度戦後をやり直すこと。

ナチスの残像が見える政権。

そっか、アーレントの「貴族的であれ」は、健さんと結びつくところがあるのか。

そういうことでしょ?國分さん。